2017年5月12日

アルコール依存症の若者にとっての「精神科病棟の居心地良さ」について

アルコール依存症の人を断酒目的で入院させても、どうもうまくいかない。

アルコール依存症の人にとって、長期入院患者の多い病棟は居心地が良いのだろう。見るからに表情は明るく、活き活きとしてくる。それもそのはず、病棟の外、現実社会では仕事もあまりうまくできず、家族から非難の目を浴び続けてきたのに対して、病棟では「自分より生活能力の劣る人」に囲まれているのだから。この状況だと、特に何か努力をしたわけでもないのに、あたかも自分の能力が向上したかのような錯覚に陥る。言うなれば、「見せかけのレベルアップ」だ。

アルコール依存症患者の入院治療について、中井久夫は『看護のための精神医学』の中でこう述べている。
(3)回復期の入院治療
まっすぐに社会復帰の準備をするのがよい。病院の催し物の役員につけたり、劇のシナリオを依頼したりはしないことである。便利だからつい頼むし、患者は買ってでるので注意。理由は、「病院のスターになること」はアルコールが患者にもたらしていたとほぼ同じ「代償性満足」と「はかない自己顕示という一時の酔い」をもたらすからである。
抱えこんだ劣等感を処理できずに発展途上国での放浪を目指す人(20歳のころの俺がまさにそうだ)にも、同じような心理があるのかもしれない。発展途上国に行く人の場合、そこで何かを得られるのなら、劣等感はキッカケとして悪くないのかもしれない。だが、断酒目的で入院した病棟で、見せかけの能力向上に嬉々活々としていては危うい。

こういう患者を依存症の専門病院に転院させると、途端にショボくれてしまい、「離院」(いわゆる脱走)の報告が届く。そういう病院には自分と同じような人が多いので、「見せかけのレベルアップ」はない。「能力向上という幻想」から「現実直視による失望」という落差が、患者の離院に一役買っているように思える。そう考えると、依存症専門病院に入院する前に、ひとまず断酒目的ということで当院のような慢性期病棟でワンクッション入れるのは、患者によけいな幻想を抱かせてしまって治療的でないかもしれない。

以上、専門施設への転院を視野に入れるなら、よほどの緊急事態でない限り、その場しのぎの断酒目的入院は受けるべきでないと考える理由である。

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