2016年10月31日

「数学者のイギリス滞在記」というより、数学者がイギリスでの生活で考えたあれこれのこと 『遥かなるケンブリッジ』


数学者・藤原正彦が、イギリスのケンブリッジ大学に1年間留学した時の滞在記。今回は妻と3人の子どもを連れての留学である。

アメリカ留学は単身だったのに対し、家族を伴っての留学では、自分のことだけでなく、妻や子どものことも悩みの種になる。特に次男がイジメを受けたエピソードでは、思わずこちらの胸が締めつけられるようだった。そんな次男が日本の幼稚園の同級生からもらった手紙の引用に、次男の哀れさと切なさとで目頭が熱くなってしまった。

藤原正彦による滞在記なので、単なる日記ではなく、日本やイギリスの文化について、それから自らの家族観についてなど、読みやすくて味わい深い文章で綴ってある。非常に魅力的な一冊で、同氏の本だけでなく心理学者である奥さまの書かれた本も追加購入してしまった。

<関連>
これは数学者による『深夜特急』だ! 『若き数学者のアメリカ』

2016年10月28日

アルコール依存症のAさんに、机を叩いて怒ってみせた話

バン!

と診察室の机を叩いて、アルコール依存症のAさんに怒ってみせた。もうずいぶん前のことだ。

断酒目的で入院したAさんだったが、退院した日の帰り道で酒を買って飲み、挙げ句、そのままスナックに行き、そこでトラブルを起こして警察の厄介にまでなってしまった。狭い田舎のことなので、そういう素行はすぐ主治医の耳に入るのだ。

次回の外来で飲酒の話を持ち出したところ、Aさんが、
「先生が何もしてくれないから……」
と言い始めた。そこで、それを遮って、
「いい加減にしなさい! 僕とAさんと、6年以上の付き合いですよ! 今までで、僕くらいAさんのことを考えてくれた主治医がいましたか!?」
怒気をこめてそう尋ねると、
「いえ……、いません……」

実際、精神遅滞もあるAさんは、これまでの数十年で、突き放されたり見放されたりしてきていた。そんなAさんとの6年という付き合いの末、アメとムチを使うのは今だと感じた。

「僕はね……、Aさんが飲まなきゃ良い人だというのはよーく知っています。それは僕だけじゃない、ここのスタッフもみーんな知っています」
「みんな、ですか……?」
「みんなですよ」
「……」

酒さえ飲まなければ良い人だと認められたのが嬉しかったのか、Aさんは涙目で言葉を詰まらせた。

「Aさんは何も悪くない。悪いのは酒です。酒が悪い。だけどね、だけどですよ、そんな悪い酒にAさんから近づいちゃダメでしょう」
「はい……、そうですね」
「僕はAさんを見捨てない。Aさんは酒を飲まない。これは僕とAさんとの約束」
「はい」
「そのかわり……」

一人暮らしのAさんは寂しさからか、頻繁に入院希望する人なので、

「年に4回、病棟に2週間入院できるよう、僕がAさんのためベッドを空けますから。年末年始、ゴールデンウィーク、お盆、それから人恋しくなる秋。その4回の入院を目標に、3ヶ月から4ヶ月は酒に近づかずに頑張りましょう」
「はい、お願いします」

診察のあと、Aさんは会計で人目もはばからず、
「先生に怒られたーっ!」
といって大泣きしていたらしい。

ところで、「怒ってみせた」と書いたように、決して感情的になったわけではない。先に書いたように、Aさんがまた酒を飲んでトラブルを起こしたという情報は事前に入っていた。そこで、その診察では机を叩くことまで含めて、怒っている姿を見せようと決めていた。そう、これは半ば演技である。

ただし、気持ちは本物。

それが通じたのか、Aさんはデイケアに真面目に通うようになり、今のところ酒を飲まずに安定している。

これを読んで勘違いしないで欲しいのは、ただ怒れば良いというものではないということ。6年という付き合いで、酔ったAさんから、
「いちは先生をぶん殴る、ぶっ殺す」
と直接・間接に言われながら、少しずつ築き上げてきた関係があってこそのものである。

2016年10月27日

死にたい女と死神が、短い言葉で語り合う 『わたしの優しい死神』


百聞は一見にしかず、というタイプの絵本。あれこれ説明するよりは写真を見てもらうほうが良いだろう。見開きで60枚くらい。特別に深くもなく、かといってありきたりでもなく、読む人の気分で受けとりかたが変わる絵本だと思う。

DSC_0340

DSC_0341

DSC_0342

DSC_0336

DSC_0337

DSC_0339

2016年10月26日

落合博満によるコーチング指南 『コーチング 言葉と信念の魔術』


精神科医が、スポーツの監督やコーチから学ぶことは多い。これまで野村克也の本を数冊読んできたが、今度は落合博満によるコーチングの本を読んでみることにした。

文章量は多くなく、サラサラと読めたし、参考になることも多かった。ただ、サラッとしすぎていて、もう少し奥深くまで突っ込んで書いてあるほうが面白かったかもしれない。

読み終えるのに時間をとらないので、あまり読書時間のとれない人にはオススメ。時間が充分にとれる人であれば、他にも良い本がたくさんあるような気がする。

タイトルより著者名のほうが目立つ表紙というのも珍しいな……。

2016年10月25日

チベットを舞台に、よみがえったミイラが大活躍! 『転生』


チベットに安置してあるパンチェンラマのミイラがよみがえった!
少年ロプサンを主人公・狂言廻しとして、パンチェンラマのミイラが中国政府を相手に大立ち回りを演じるというドタバタ劇。

特にひねったストーリーではないが、中国とチベットの関係がうっすらと分かるような作品。チベットの人たちが漢民族を見下しているような発言をするシーンも多々あるし、中国人がチベットの人たちを徹底的に管理したり痛めつけたりする話も出てくる。決して一方的にチベットを支持する反中物語ではない。もちろん、誇張もあるだろうし、他国の人間には分からない事情もあるだろう。

ドタバタ劇なので、肩の力を抜きながら、中国とチベットの緊張関係に触れるという読み方で良いのだろうと思う。

2016年10月24日

認知症の専門病棟を舞台に、老いることの哀しさ、切なさ、そして滑稽さを描くルポ 『解放老人』


認知症専門病棟を長期にわたって取材したルポ。描かれている内容は、認知症の人を入院させている精神科病棟ではよく見られる光景だが、あまり縁のない人にとっては少し衝撃的な描写もあるかもしれない。

人はみな歳をとる。

生まれたばかりの赤ん坊はみな無力だ。成長するにつれて、身体的な強さ弱さ、勉強の出来不出来など差がついてくる。大人になれば、社会的地位、経済的な立場といったものがピンからキリまで幅広くなる。ところが、高齢者になると、それまでについた差が少しずつ埋まってくる。極端なケースだと、裕福な家庭に育ったインテリが早々にボケてしまい、貧しい家庭に生まれて勉強もできなかった人のほうがシッカリしているという逆転現象さえ起こる。

「老い」はイヤなものだと思われがちだが、ある人にとっては残酷な「老い」も、別の人にとっては救いや癒しになることがある。老いにまつわることの中でも、特に恐れられている「認知症」だが、決して悪いことばかりではない。それは終末期に携わる多くの医師が語ることである。

たとえば、認知症が進めば、暑い寒いの感覚がなくなり、空腹感が薄れ、自分からは食べようとしなくなる。周りは心配するが、生物として考えれば、「暑くも寒くもなく、腹も減らない」というのは幸せではなかろうか。そして、認知症とは、こういう苦しくない最期に向けた準備なのではないかと思えるときがある。

ただし、あくまでも「決して悪いことばかりではない」のであって、良いことばかりなわけでもない。

独語する男性、自分は家にいると思っている女性、ファンタジー老女、最近のことは覚えられないのに戦争の記憶に苦しむ男性など、身近で見た著者だからこそ描ける、老いることの哀しさ、切なさ、そして滑稽さ。良い作品だったので、ぜひ多くの人に読んでみて欲しい。

2016年10月21日

精神科の患者から「薬をやめたい」と言われたら……

統合失調症の患者が「薬をやめたい」と言う場合、理由を聞き、再発リスクを説明し、それでもやめたいと言うなら「試しに減らしてみましょう」と妥協案を提示する。丁寧に話をしていけば、「それでもやめてみます」と結論する人はそう多くない。そもそも、本気で薬をやめようと考えている人は、わざわざ受診しないだろう。外来に来て「やめたい」と言うのは、それ自体が何らかのメッセージであると考えるべきだ。

「薬をやめたい」と言われて、理由を尋ね、続けるよう説得し、その結果がどうであったか。そのやり取りは、なるべく詳細にカルテに記しておく。その内容は、後日、必ず役に立つ。

「薬をやめたいと言うため、続けるよう説得したが本人の意思が固い。一旦中止する」
こんな記載は、将来同じ事態になった時に読み返してもまったく参考にならない。本人が薬をやめたい理由、こちらの説明内容、それを聞いた患者や家族の様子、その結果としての決定、そして、できれば要した時間などを詳しく書き残しておけば、いずれ同じような事態になった時に参考になる。

「こういう説明では通じなかった」
と具体的に書いておくことは大切だ。「押してダメなら引いてみろ」という言葉があるが、これを実践するためには、過去の説得が押したのか引いたのかが分からないといけないのだから。

2016年10月20日

見ず知らずの人が殺傷された2件の怖い事件から考える、幻覚妄想状態での暴力について

昨日、怖い事件が二つあった。一つは千葉県の路上で、32歳の女が面識のない通行人3人を刺傷。もう一つは大阪で、24歳の見知らぬ男がいきなり家に入ってきて一家を殺傷。

この二つの事件、両方とも精神科がからんでいる、あるいは今後からんできそうな気がする。ただし、あくまでも初報だけからだが、性質は異なっている。どういうことかというと、どちらも「無差別」に見えるが、実はそうではないということだ。

千葉県の女は「病院探しに絶望した」と言っているらしく、大阪の男は「だまされた」という趣旨のことを供述しているそうだ。

話をシンプルにするために、この二人に同じ妄想と幻聴があったとする。妄想は「自分は世界を守るべき使命を背負っている」というもので、幻聴は「ただの通行人に見せかけて、実はお前を狙っている暗殺者だぞ」と語りかけてくる。

この妄想と幻聴に直接に反応して通行人を襲った場合、あくまでも加害者にとってはだが、決して無関係の人を攻撃しているわけではない。つまり本人にとっては「無差別」ではないのだ。今回のケースでは、大阪の男がこれに当てはまりそうだ。

いっぽうで、同じような幻覚妄想があって、その人が、
「こんな世界に生きている意味はない。でも自分だけ死ぬのは悔しいから、子どもたちを道連れにしてやる!」
と見ず知らずの子どもたちを殺せば、それは無関係の人を巻きこむ、理由なき「無差別」である。この場合、幻覚妄想はともかくとして、その人のもとの人格・性格の影響は大きいと思う。千葉の女はこちらのタイプな気がする。あくまでも個人的意見ではあるが、こういう人は、たとえ「絶望」しなくても、何かの理由をつけて無関係の人を攻撃するのではなかろうか。もともと内面にあった攻撃性が、「絶望」という言い訳を見つけてしまった。そんな気がする。

想像してみよう。

もし、自分にそんな妄想や幻聴が始まったとしたら、どうするだろうか? 俺ならまずは警察に行く。そこから病院を勧められて治療が始まるかもしれない。それは幸運なケースだ。

でも、妄想の中では警察も敵で信用できなければどうだろう? 世の中のほとんどの人が自分を狙っているように見えて、標識や看板を見ると敵の暗号のように感じられて、電車で隣に座った人がアクビをしたのが「今からみんなで殺るぞ」のサインだと確信したなら……。

こういう場合の恐慌状態での粗暴行為には、心身耗弱・喪失が認められることが多いし、精神科医としては認められるべきだとも考えている。心身耗弱・喪失というものに批判があることも承知している。

もちろん、「もし自分の家族が巻きこまれたら……」とは考える。しかし、こういう議論をする場合、そこは封印しないといけない。なぜなら、それを言い出してしまえば、逆にこちらが被害妄想的になってしまって、多くの場合は無害である精神障害者への差別につながりかねないからだ。

ところで、過去に何回か精神鑑定(簡易)を行なった。最大の事件は、数年前に地方ニュースにもなった学校爆破予告事件で、自分が主治医をしていたのでそのまま担当することになった。もう二度と鑑定はしたくない。勉強にはなるけれど、とにかく大変だから……。

2016年10月19日

Evidenceに疲れた頭に、Narrativeを 『医者が心をひらくとき A Piece of My Mind』


1980年からJAMA(アメリカ医師会雑誌)での掲載が始められたコラムのうち100編を選りすぐったもの。医師の視線だけでなく、看護師、ソーシャルワーカー、そして患者といった人たちの立場からのエッセイもある。

それぞれは短いので、読み始めるのにそんなに気合いは要らない。また、選りすぐりの100編とはいえ、いろいろなエッセイがあり、それぞれに好みがあるだろうから、全部をきっちり読まなくても良いだろう。実際、いくつかは読み流した。

良い医療のために、Evidenceだけでなく、たまにはNarrativeもどうぞ。

2016年10月18日

先入観を持たれたり、誤解を受けたりする人の辛さを、子どもたちにそっと優しく語りかける良い絵本 『ちいさなプリンセス ソフィア ひみつのとしょしつ』


雪に覆われている国フリーゼンバーグで、国王が庭係に「雪国でも育つ花」を探しに行かせる。庭係は「雪のしずく」という花を持ち帰り、国王は喜んで国中に植える。そして、毎年「冬の花祭り」を開くようになった。ところが、「悪い妖精のネトル」が雪のしずくをすべて盗んでしまう。

ようやくネトルを見つけた主人公ソフィアは、こう説得する。
「お花を盗らないで。この国の人にとって凄く大切なものなの」
それに対するネトルの言葉が深い。
「あら、私にとっても大切なものよ。そうは思わなかったの?」
実は、「雪のしずく」は妖精ネトルがフリーゼンバーグの人たちや国王を喜ばせたくて、長い年月をかけてつくった花だったのだ。そうとは知らない庭係がたまたま見つけて、すべて持ち帰っていたのだった。

つまり、関わった人の誰にも悪意はなかったのに、「悪い妖精」という先入観によって誤解を受けたネトル一人だけが悪者にされていたという話。
「あら、私にとっても大切なものよ。そうは思わなかったの?」
娘に初めて読み聞かせしたとき、この一言の重さに打ちのめされた。

先入観を持たれたり、誤解を受けたりする人の辛さを、子どもたちにそっと優しく語りかける、すごく良い絵本だと思う。

2016年10月17日

超一流の神経内科医であり、一流の作家でもあるクローアンズ先生が実際に携わった医療裁判記録 『医者が裁かれるとき 神経内科医が語る医と法のドラマ』


『失語の国のオペラ歌手』で一読惚れした神経内科医ハロルド・クローアンズ先生。

今回も臨床医学エッセイだが、現場は主に診察室ではなく法廷である。超一流の神経内科医であるクローアンズ先生が、神経内科領域の「専門鑑定人」として携わったケースについて、独特のユーモアを交えつつ、分かりやすく教育的に、さらには先の展開を読ませず最後に謎解きしてみせるミステリの要素も含みながら描いてある。

クローアンズ先生はミステリ小説も書いており、その本はアメリカでは新聞でも「今月の一冊」として紹介されたらしい。そういうストーリー・テリングの手腕をもった医師による医療法廷ドラマであるから、面白くないわけがない。

本書で改めてクローアンズ先生に惚れ込んだので小説も購入した。
『インフォームド・コンセント―消えた同意書』

<関連>
超一流の神経内科医が、患者の病気というミステリを解き明かす 『失語の国のオペラ指揮者 神経科医が明かす脳の不思議な働き』
神経内科に関する啓蒙的かつ刺激的な内容の良書! 『なぜ記憶が消えるのか』

2016年10月14日

素人モノマネとプロとの違いは、細部に宿る

フィギュアスケートの荒川静香が金メダルをとった当時、「イナバウアー」という言葉と動きが流行した。イナバウアーをマネする人たちを見ながら、「大雑把な形は同じなのに、どうしてこうも違うのか」ということが疑問だった。

ある日、フィギュアスケートの映像を眺めながら、表情や指先(そしてもちろん衣装も)といった細部にまで神経を行き渡らせているから美しく見えるのだと分かった。これは当然と言えば当然で、トッププレイヤーやトップを目指す人たちはそこまで気を遣わなければいけないのだ。

そこで我が身を振り返ってみてどうだろうかと考える。病院の外来は、大雑把に言えば、入室、診察、処方、退室の流れになる。これだけを素人がマネしても、決して病院の診察らしくはならない。イナバウアーと同じで、例えば精神科医なら入室時の声かけ、視線のやり方、会話の始め方と組み立て方、処方を決める時の声のかけ方、退室時の挨拶といったところにまで気を配っている。いや、ただ気を配るだけでなく、どうするのがより良いか改善を心がけている。

例えば俺の診察室の机には、1年前から小さな観葉植物のパキラを置き始めた。これがあるだけで、患者は目のやり場に困ることが減るだろう。パキラの成長を患者との話題にすることもある。ただ置くだけでなく、位置や向きなども、なるべく良い効果が出ることを期待して時々変えている。こんなことに気づく人は少ないかもしれないが、そこまでやる。

ここまでしてこそのプロフェッショナルであり、そんな細部に気をまわせなければ、それは素人のモノマネと大差ない。

素人モノマネとプロとの違いは、細部に宿るのだ。

2016年10月13日

「命はすべて平等」なんて大嘘です! 『医師の一分』


「命はすべて平等」なんて大嘘です。

本書の帯に、ズバリこう書いてある。

同じ著者の『偽善の医療』も面白かったが、今回も歯に衣着せぬ書きっぷりで非常に痛快だった。中でも、ちょっと考えさせられたところを引用。『命に上下は存在する』という章の、『「命の値段」を決めるもの』という項の話である。

著者が研修医として勤務していた救命センターは、時々満床近くになり、受け入れを制限するしかない状況があった。
そういう時、指導医は、電話番として消防庁からの救急要請を受ける私ら研修医どもに、「いいかお前ら」と指示をした。もちろん、「俺たちが引き受けた患者は助かる可能性が高くなる」ことを前提としたものである。
「労災は、受ける。自殺(未遂)は、断る。交通事故は、その時考える」
「その時考える」とは、暴走族が自分でどこかに突っ込んだ、というようなのは断る、という意味である。そしてこの先生は、いつも最後にこう付け加えた。「子供は、何があっても、受ける」
このようにして、「最大限の努力をして、助ける価値のある命」と「そうでない命」を分けることを、若き著者は当然と考える。これだけを抜き出すと、極論のように感じられるかもしれないが、全体を通して読めば……、やっぱり極論である。ただし、極論ではあるけれど、頷かされることの多い極論でもある。

読む人の立場によっては、
「おいおいそれはないだろう」
と言いたくなるところもあるかもしれない。そういうことも、きっと著者は了解済みである。そのうえで、敢えて極論を放つことで今の医療のあり方を問うているところに、潔さや矜恃、すなわち「医師の一分」を感じてしまった。

2016年10月12日

育児書は書くほうも、読むほうも、売り手も、レベル選びが難しい……。 『児童精神科医ママの子どもの心を育てるコツBOOK 子どもも親も笑顔が増える!』 『小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK 間違った助言や迷信に悩まされないために』


Amazonレビューで星5つが多いので、我が子の子育てと、自分の仕事で役立てられないかと思って読んでみたが、星5つはちょっと過剰評価ではなかろうか。同じような内容で、もっと安い本はけっこうある。ちなみに本書は定価1400円。

専門が異なるとはいえ同じ精神科医だから、評価がちょっと厳しくなるのかなぁ……。


いっぽう、こちらは星4つくらい。専門家にとっては当たり前で気にすることがないのに、親は気になってしまうというポイントをよく押さえてある。「薄毛ってなおるの?」「おへそがきれいになりません」「頭の形がいびつです」といった体の話、「母乳に食べたものの味が出る?」「授乳中の嗜好品はダメ?」といった食事の話、「新生児は、いつから外出OK?」「おしゃぶりはよくない?」「ベビーバスっていつまで?」「かぜのときの入浴はダメ?」といった生活の話、おむつかぶれや乳児湿疹、汗疹と言ったトラブルの話など。

新米パパ・ママが読むには分量もほどほどで良い本だと思った。


久しぶりに育児書を読んだが、こういう本はターゲットをどういう人にするかで中身も大きく変わる。上の2冊はおそらく普段あまり本を読まない人向けであり、文字は少なく、挿し絵が多い。また情報過多にならないよう、かなり抑えてあるように感じた。本を読み慣れた人にとっては物足りないだろう。しかし、情報満載の育児書が良いかというとそうでもない。本を読み慣れてはいるといっても、それが普段は小説メインという人の場合、膨大な情報を処理するのに一苦労するだろうし、情報の洪水に呑みこまれる恐れもある。

育児書というのは、書き手も読み手も、そして売り手も、選別というのが難しいものだと感じた。

2016年10月11日

涙ぐみつつ勉強にもなった! 『救命 東日本大震災、医師たちの奮闘』


震災直後に駆けつけた医師の談話もあり、震災1ヶ月半後に派遣された俺とほぼ同じ感想なのが印象的だった。それはつまり、医療という視点だけから言えば、「意外に落ち着いている」ということである。

東日本大震災では津波被害がメインで、無傷で逃げ切るか、流されて亡くなるか。ほとんどこの二者択一で、阪神大震災のように外傷が多くて大混乱という状況とは異なっていたようだ。だから、救急を専門とする医師やDMATが駆けつけても、活躍の場がそう多かったわけではない。臨床能力よりも、薬や診療所の不足、医師の配置といった問題を解決するコーディネート能力が求められたようだ。

それからナルホドと思ったのは、病院の屋上に酸素や最低限の医療機器を用意しておくほうが良いという提言。ある病院では、災害時に患者であふれることを想定して、待合室や廊下にも酸素供給用のパイプを用意してあるそうだ。

こうした記述を読みながら、当院の「携帯電波が入らない」というのは大問題だと感じた。電波問題はだいぶ改善されたが、Wi-Fiもあったほうが良いのではないだろうか。災害時、電波はダメでもネットは生きているという状況もあるだろう。ついでに言えば、これからの世代では「外来の長い待ち時間もYouTube見ていたら大丈夫」という人たちが出てくるだろうし、苦情を減らすのにも一役買いそうな気がする。

読みながら、涙ぐんだり、勉強になったり……、良い本だった。ちなみに、海堂尊は監修のみで、最後に少しあとがきを書いているくらいである。他は署名ライターによるもので、それぞれの文章の質は高い。一つだけ質の低い文章があり、それは「新潮社取材班」によるインタビュー・構成であった。しっかりしろ!!



※米タイム誌が発表した2011年の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた医師・菅野武さんは、同僚先生の同級生だったそうだ。そこで、どんな人かを尋ねたところ、

「大っ嫌いな奴です。自己顕示欲が強くて」

とのこと。人の相性ってさまざまなんだなぁと感じた次第である。

2016年10月7日

検査結果を「読む」ことの大切さ

ルーキー先生の診療チェックのため、それから自分の勉強のため、月に数回の新患カンファを行なっている。そこでは、ルーキー先生が、自分がみた新患についてプレゼンする。指導する立場として、行き当たりばったりでは良くないので、新患カルテは事前に全員分チェックしている。

ある日の新患カンファで、40代女性のケースがあった。診療内容は問題なかったが、採血検査でγ-GTPだけが90台と高いのが気になった。この点についてルーキー先生に尋ねると、
「毎年の健診で指摘されるそうです」
という答えだった。実は、事前にチェックして知っていたのだが、γ-GTPは毎年高いわけではなかった。2年前の健診では正常であったものが、昨年と今年の健診で100前後と急に上昇していたのだ。患者本人にとって、それは「毎年指摘される」という記憶になったのかもしれないが、事実とは異なる。

ここでの教訓は2つ。

1. 患者の申告を鵜呑みにしない。
2. 検査値は必ず過去のデータと比較する。

以上、新患カンファで話した内容である。

さらにここでは、数値を比較することの重要性を少し書いてみたい。理科で習って覚えている人も多いであろう「ヘモグロビン」を題材とする。単位はg/dLで、だいたい13から16くらいが正常だ。これより低いと貧血ということになる。

さて、ある人の採血検査でヘモグロビンが11だったとする。数字だけ見れば軽度の貧血ということになるが、過去のデータと比較した場合どうか。もし、先週の採血で16だったとすると、1週間で5も減少していることになる。これは消化管出血でも起きているのではないか、と心配になる。

では、1年前のある日の採血を確認して11だったらどうだろう。慢性的に軽度貧血の人はけっこういるので油断しがちだが、その前後の数字もきちんと確認しないといけない。というのも、「1年前のある日」が11であったとしても、実はその1週間前には16で、それが1週間で11に減少しているのかもしれないからだ。そこで、検査データだけでなくカルテも確認すれば、1年前にも消化管出血で治療を受けていた、なんてこともある。「1年前のある日」と今回が同じ数字だからといって「変化なし」と安心してはいけないということだ。

電子カルテでは、検査値を時系列で並べて確認できる。それぞれの項目を一つずつ確認するのも大切だし、数値によっては組み合わせることで意味をもつものもあるので、そういう視点も必要だ。あらゆる検査結果が、「見る」ものではなく「読む」ものである。そして、熟練の身体科医師は、これらをパターン認識で読み取っているのだろうと思う。精神科医もそういう目を養うべく、検査値の時系列結果は常々チェックしなくてはいけない。

以下、蛇足。

その日の検査を縦軸、時系列を横軸とする。この両方がそろっていると、医師は検査結果をより正しく読める。一方で、以前の情報がまったくない飛び込みの新患だと、縦軸しかなくて横軸がないので検査結果を読みとりにくい。健診の大切さの一つは、この横軸を作ることである。



血液検査を「読む」にあたって勉強になる本。


2016年10月6日

レビューは真っ二つに割れているが、これは星3つが妥当だろう! 『各分野の専門家が伝える 子どもを守るために知っておきたいこと』


発売当初からAmazonレビューでは4.5以上と高評価だった本書。執筆者の中には、日ごろからネットで良質な情報発信をしている人たちの名前もあるし、良い本だろうと思っていたら……、ある日を境にガックリと低迷し平成28年10月5日時点で3.8。レビューは賛否両論となっていたので、どんな本なのか興味がわいた。

結論からいくと、星3つ。あら、俺も平均点を下げちゃった……。

一応書いておくと、決して内容が劣悪だったわけではない。むしろ良い内容だった。では、どうして星3つにしたのかを記しておきたい。

子育てに限らず、世の中には大きく分けて科学派と神話派がいる。ここでいう「神話派」とは、ギリシア神話とか古代神話とかの「神話」ではなく、根拠のない口伝や都市伝説のようなものを真に受ける人のことで、言葉の響きでそう呼ぶだけである。また、もちろん、科学派の中にもオカルトを少し信じる人もいるし、神話派にも科学的であることを大切にする人はいる。だから、あくまでも、大きく分けて、ということだ。

本書は、子育てに関して、まだそうした「属性」の定まっていない中立派の新米パパ・ママがターゲットになっている。決して、神話派の人たちを科学的に説得して鞍替えさせようとするものではない(もしそういう意図があるのなら、あまりの弱さに星1つである)。

すでに、ある程度「科学派」である自分にとって、内容に目新しいことはなかった。それどころか、
「神話派の主張のおかしなところを取り上げて、新米パパ・ママの助けになろうとしている本なのに、そんなに曖昧で、むしろ神話派が持ち出すような論理展開で良いのか!?」
とツッコミたくなるような部分もあった。

一例をあげよう。「玄米菜食が一番いいって本当?」というパート。
お米は健康に悪影響を与える「無機ヒ素」の多い食品でもあります。無機ヒ素は、国際がん研究機構の発がん物質についての研究で、明確に発がん性が確認された物質です。無機ヒ素は、特に糠の部分に蓄積されるので、玄米食ばかりだと過剰摂取になる恐れがあります。
間違ったことは書いていないが、別の物質について神話派がこのような話を持ち出すとき、科学派は必ず「量の概念が大切だ」と反論する。「塩も砂糖も、水さえも、とりすぎれば有毒なのだ」と。だったら、玄米食についても、「玄米食ばかりだと過剰摂取になる恐れがあり」なんて曖昧な表現は許されないはずだ。1日何合の玄米食をとることで、無機ヒ素の摂取がこれくらいになり、発がんリスクがこれくらい上がるということを示さないと、とかく不安を煽りたがる神話派の主張と大差ないではないか。

これが星を下げた理由の一つ。

科学的なものを好むか、神話的なものに親しむか。それは知能の問題ではなく、「好み」である。親の好みが子に影響するのは仕方ない部分もあり、悪影響が強すぎると子どもは可哀想だが、多少の「科学からの逸脱」くらい放置でかまわないだろう。本書でも取り上げられている「江戸しぐさ」「水の記憶」などは、バカみたいだと思うが、やり玉にあげるほどのことでもない。

このように、本書は科学派には物足りず、神話派の考えを変えるにはパンチ力に欠ける。全体的に、帯に短し襷に長しなのだ。だから、すでに科学派である人は敢えて買う必要はないし、神話派の人が買っても考えは何も変わらないだろう。それから、正直なところ、テーマによって内容が玉石混淆でもある。同じ著者でも、あるテーマは切り口鋭く、別のテーマではちょっと弱い、ということもある。だから、星3つにした。

だいたい、こんなにシンプルな内容にしてはタイトルが大げさなんだよな……。こういう手法も神話派が好むやり方じゃないか……。

とはいえ、初めての子どもが生まれる、あるいは初孫が生まれる人にはお勧めしたい本ではある。

2016年10月5日

「うつ病患者に家族はどう接したら良いのか?」への答えがナルホドだった! 『誤解だらけのうつ治療』


うつ病を経験した精神科医と、同じくうつ病を患っているライターの対話。

タイトルだけだと、精神医療を攻撃する本かもしれないと身構えたが、決して一方的に精神科医や精神医療を批難するものではなかった。それどころか、精神科医、患者、社会にとって、それぞれ耳に痛いところのある内容でありながらも建設的で、偏ったところのないものであった。トンデモ臭さがなく、過激なタイトルに比べて内容はわりとバランスがとれていた。

本書の中で、特にナルホドと膝を打ったのは、うつ病患者の家族から「どう接したら良いのか」と尋ねられた時の蟻塚医師の答え。

「居心地の良い旅館の仲居さんをイメージしてください」

仲居さんが気を遣いすぎて、こちらがゆっくりしたい時に頻繁に話しかけられたり、あたりをウロチョロされたりするのはウザい。しかし、こちらが必要としている時にいないのも困る。デキる仲居さんになったつもりで対応してあげてください、というものだ。

偏りの少ない本なので、いろいろな人にお勧めできる良書である。

2016年10月4日

安さの裏にある犠牲に気づけ! 『ウォルマートに呑みこまれる世界』


日本ではあまり有名ではない(?)ウォルマート。アメリカでは系列店を4000店舗以上も展開し、あらゆる業種を含めてアメリカ一の売上高を誇る企業である。ちなみに日本では431店舗(平成28年10月3日時点)もあるが、田舎暮らしの俺は一店舗も知らない。

さて、そのウォルマート、とにかく安さ重視。本書冒頭の逸話が面白かった。かつてアメリカでは、制汗剤が箱に入れて売られていたが、ウォルマートが製造業者に「箱なし」で作るよう注文をつけた。どうせ箱はすぐに捨てられるし、そもそも購入者は必要としないだろうと考えたからだ。箱を作らないぶん、製造コストは下がる。その浮いた利益の半分は製造業者がもらい、残り半分をウォルマートがとる、のではなく顧客が受ける。つまり安くなる、ということ。

これはすごく納得のいく話であり、かつウォルマートが「顧客のための値下げ」に真摯であることの証明のように見える。しかし、それから時代は進み、ウォルマートはアメリカ一の大企業になった今でも値下げを追求している。それは製造業への締めつけにつながり、悪影響はそこで働く人たちの生活に及んでいる。特に海外、発展途上国の工場は職場環境が悪いことが多く、低賃金で、国によっては児童労働さえも行なわれていることがある。

こういうことを知ると、日本はどうなのだろうかと考える。100円均一、子ども服の西松屋やバースデイ、その他の安い商品は、どこの国のどんな環境のもとで、どういう人たちが働いて作ったものなのだろう。誰かが搾取されているのだろうか。それとも、そんなことは心配のしすぎで、みんながハッピーなWIN-WINの関係なのだろうか(とてもそうとは思えないが)。

誰かが泣きながら作った食材を、我が子に食べさせたいとは思えない。誰かが悔しさを噛みしめながら縫った洋服を、我が子に着せたいとは思えない。先進国に生きる我々は、自分たちが購入する安い商品が、どこでどう作られているのかに少しだけでも注意を向けるべきなのだろう。

翻訳は非常に読みやすかったし、ウォルマートの野心的な活動・発展ぶりにも興味がもてたし、また安さの裏に何があるのかを改めて考えるキッカケにもなった。以前に読んだ『ファストフードが世界を食いつくす』もテーマは同じだ。両方ともすごく良い本でオススメ。

2016年10月3日

プロ野球「ドラフト1位」という人生の“その後” 『第一回選択希望選手 選ばれし男たちの軌跡』


いわゆる「ドラフト1位」の人たちが、その後どのような人生を送ったのかを追いかけたルポ。全部で6人の生き様を描いてあるが、そのうち一人も知らなかった。それもそのはず、そもそもプロ野球チームの名前をすべて把握していないくらいのプロ野球音痴なのだ。それでも面白いと思えるのは、「実在する人の生きかた」を知るのが好きだから。

一応、今回のルポに登場してきた選手の名前を羅列しておく。松岡功祐、荒川堯(アラカワタカシ。この人は別の本でも扱われていて、あまりに衝撃的だったので覚えていた)、木田勇、森山良二、富岡久貴、田中一徳。

野球そのものの話は添え物程度で、メインは生き様や考え方なので、野球ファンでなくても楽しめると思う。