2016年11月30日

いま必要ないからこそ用意しておくべきなのだ! 『おかあさんと子どものための防災&非常時ごはんブック』


今年は熊本でわりと大きな地震があり、つい先日も福島のあたりで地震と小さな津波があり、少し毛色は違うが博多駅前が大規模陥没し……、「被災する」ということを改めて考えさせられた。

本書によると、日本人の3人に1人がなんらかの天災に被災するらしい。けっして他人事ではないのだ。

前半では、子どもと一緒に被災した場合、あるいは別行動中に被災した場合など、パターンを分けて、しかも4コママンガつきで解説してある。普段マンガは読まないが、こういう本ではイラストのあるほうが場面想像しやすくて良い。

また、非常食について、よく見聞きする「5年くらい保存できる非常食を買っておく」というスタイルを勧めていないのも斬新だった。食べ慣れていない、美味しくない、それだと被災したときに元気が出ない、というのが理由だ。そのかわり、日常的に食べるものを非常食にできるよう、日持ちする缶詰めやカップ麺、調味料などを上手にローテーションさせましょう、と提案している。実行しやすく、余計なお金もかからず、良い方法だ。

ただし、水だけは難しい。浄水器を通していない水道水(塩素が入っている)をペットボトルに入れておけば、冷蔵庫だと4-5日はもつそうだが、家族全員分と考えると、とても冷蔵庫にはおさまらない。未開封の水を1週間分くらい家に確保しようと思ったら、かなり場所をとってしまう。簡易かつ安価な非常時用浄水器(キャンプや登山でも使っている人が多そう)を用意しておくのが一番良いと思う。そういう浄水器に関しては書いていなかった。

妻と子ども3人をもつ身として、家族で被災した場合のことは考えておかないといけない。いままで何度も買うか迷ったマルチプライヤーも、これを機会に購入した。家に置いておくと子どもが何するか分からないので、車の中で特に子どもが手を出さないところにしまっておこう(車中からの非常脱出にも使えるかもしれない)。


この2つを買いました。

2016年11月29日

ポケットに入れて空き時間に読める本 『野村の監督ミーティング』


プロ野球の元監督・野村克也から選手として指導を受け、またコーチになってからは参謀として仕えた橋上秀樹による野村監督論(?)。

落合監督について書かれた『参謀』という本を読んだ時にも感じたが、監督本人ではない人が監督について語る本では、もっと突っ込んで書かないとダメだ。仕えた監督の良いところを徹底的に褒めて、逆に選手をボロクソに書くくらいでないと、読んでいて面白くない。本書でも、監督の良いところが書かれているし、選手の実名をあげて批判的なことも書いてあるが、まだまだ足りず中途半端だ。

現場では監督がトップで、コーチは中間管理職なので、間に入ってとりなすことも多々あるのだろうが、自分の書く本では自分が利益も受け責任も負う。だからもっと奔放で良いはずだ。バリバリ突っ込まないとインパクトが弱くなる。野村監督自身の本には書いていないようなことが、ビシーッと書かれていてこその野村監督論(?)なのだから。

星は3つといったところ。ポケットに入れて空き時間に読める本。

2016年11月28日

乙武さんへ。暗黙の了解と「見て見ぬふり」は違うし、立場の弱い人が「何も言えない」のは決して了解ではないですよ!

乙武洋匡さん、離婚理由を語る 「不倫は暗黙の了解あったが…」「乙武の妻に耐えられなくなったのでは」 フジテレビ系ワイドナショーに出演 

「暗黙の了解」というのは、たいてい片方だけがそうだと思い込んでいるだけのことが多い。

通常、「見て見ぬふり」を「暗黙の了解」とは言わない。たとえば、歩きタバコを注意しないのも、同級生のイジメを止められないのも、それは決して「了解」しているわけではない。もしも、歩きタバコしている人やイジメっ子が「何も言わなかったのは、暗黙の了解があったからだろう」というのは、ただの開き直りである。

だから、ここで乙武氏が用いる言葉は、「妻は、見て見ぬふりをしてくれていたんだと思います」くらいが妥当だったはずだ。それを「妻とは暗黙の了解があった」と言ってしまう、というか、そういうふうに考えてしまうところに、彼の人格が色濃くにじみ出ている気がする。

これは、イジメっ子が、
「イジメじゃないです! 遊んでるんです! アイツだって嫌とは言わなかったし!! 他人にはわからない暗黙の了解があったんですよ!!」
なんて言っているのと、まったく同じ感覚なわけである。

乙武氏は、基本的にはイジメっ子体質なのだろう。

つい最近も、原発避難いじめで大金を奪われていた子どもについて「率先して金を渡していた」と判断した教育者らがいた。ああ、そういえば、乙武氏も教育者であった……。

子どもを観察して考えること 「かくれんぼ」

帰宅すると、4歳の長女サクラは風呂に入っていた。そして、あがってきて俺を見ると、
「サクラが何している間にかえってきたの?」
と聞いてくる。こんな質問が最近増えた。

これはつまり、
「自分の目の前だけでなく、自分の見えないところでも人が動いている」
ということを認識し始めたということなのだろう。

「自分の目の前だけが舞台であり、そこに登場人物が現れる」という感覚から、「舞台も登場人物もあちこちにあって、同時進行している」という感覚への移行期なのだろう。

この段階は、「相手には相手の事情や考えがある」という次の段階への準備なのかもしれない。そして、これがなかなかできないタイプの人もいて、極端な場合、それは「障害」というくくりになるのだろう。

「かくれんぼ」という遊びは、「自分の見えないところでも世界が動いている」という感覚を育むのかもしれないし、あるいは、そういう感覚が芽生えたからこそ楽しめるものなのかもしれない。

そういえば、サクラの最近のお気に入りの遊びは、かくれんぼである。


※幼児期と学童期とでは、かくれんぼに感じる楽しみというのは違うはずで、上記は4歳長女、つまり幼児期のかくれんぼについての話。

2016年11月24日

小学5年生の子どもたちがバトル・ロワイアル! 『よいこの君主論』


覇道を目指してバトル・ロワイアルする小学5年生たちを通じて、マキャベリの『君主論』に触れてみよう、という企画の面白さで押し切った感のある本。

冒頭で、挿し絵とともに人物紹介がなされているのだが、この時点でちょいちょい吹き出す。特に主要キャラたちの邪悪そうな表情やポーズはたまらない。また「その他のうぞうむぞう」で10人近くまとめられていて、そういう雑なところも面白い。全体を通じて、思わす笑ってしまいつつ、『君主論』についても理解が深まっ……、いや、さすがにそれはない。単純に、娯楽のための読み物として面白かった。

読み終えて、病棟に寄贈するか迷ったがやめた。手もとに残しておきたかったから、ではない。変な影響を受ける人が出るのを危惧したからである。

2016年11月22日

カメラ好きにはたまらない小説 『ストロボ』


カメラマンが主人公で、第1章が50代、第2章が40代といった具合に、徐々に若い時代の話になっていく連作短編集。カメラ好きにとっては胸が熱くなるような場面が多く、おもわずカメラを持って出かけたくなるような、あるいは家族の写真を撮りまくりたくなるような、そんな小説だった。

著者が後書きで述べているように、ちょっとしたミステリ要素もあり、カメラにあまり興味がなくても充分に楽しめる内容でもある。

2016年11月17日

警察官になれる年齢の人は読んじゃダメ! 『警官の血』


警察小説を読むようになったのは、30代も半ばを過ぎてからだった。キッカケは横山秀夫の小説だった。そして、警察小説を何冊も読んだ結果、
「10代や20歳前後で読まなくて良かった……」
という思いに至っている。もし若くして警察小説に出会っていたら、影響されて警察官を目指したかもしれない。それほどに、これまで読んできた警察小説はどれも面白く、カッコ良かった。実際の警察官の仕事は、きっともっと大変だろうし、小説のようなことは滅多に、いや、現実には皆無と言って良いのかもしれないけれど。

本書を読みながら、ある患者さんの話を思い出した。その患者さんの息子さんが警視庁に採用されたのだが、警察学校の規則がとにかく厳しいらしいのだ。入学時には、寸法と個数の決まった段ボールに、中身もきっちり決められた物だけを過不足なく詰めて学校に送らなければならない。到着日も厳密に定められている。盆の帰省では、きちんと帰省した証拠として写メを撮って教官に送信しなければならない。もちろん、学校から実家に「帰省確認」の電話もある。同期生は団体行動が原則で、休日には床屋も昼食も一緒の場所に行って並ぶ。その他の細かいことまで決められており、徹底的に個人の自由を剥奪し、それと同時に集団への帰属意識を高めるようなシステムになっているのだ。警視庁の警察学校は全国的にも厳しいので、入学者の3分の1位くらいが辞めるようだが、それは訓練の厳しさだけでなく、こうした束縛を嫌ってということもあるらしい。

こういう訓練と振り落としがあってこその団結心であろうし、「あの厳しい訓練に耐えて、ようやく手に入れた立場だ」という感覚は、配属後の不祥事予防にも貢献している気がする。

本書は、昭和23年に警察官になった安城(あんじょう)清二、その子どもである民雄、そして孫にあたる和也という3代続く警察官一家を描いたミステリ・ドラマである。これまでの警察小説の例に漏れず、やはり面白かった。そして思う。警察小説は、まだ警察官になれる年齢の人たちには勧められない。俺みたいに影響されやすい人が、うっかり警察官になってしまわないように。


<参考>
これが「教場」だ!警察学校に“潜入”…「3歩以上は走れ」「携帯は休日のみ」壮絶な規律と訓練の日々

2016年11月16日

約束の散歩を朝イチで

ママの出産入院で、寂しくて眠れないという長女サクラ。次女ユウが寝たら、抱っこ紐で夜道散歩に連れていくと約束した。しかし、それが嬉しくて安心したのか、昨夜はサクラがあっさり寝落ち。

めでたしめでたし、とはならい。

早朝読書をしていたら、長女サクラが起きてきて散歩に行きたいと言う。約束内容は少し違うが、まだそこまでは分からないか。約束を守らないパパ、信頼できないパパと思ってしまうのも可哀そうだ。

というわけで、朝5時前から早朝散歩。スーパームーンではないけれど、大きな月を眺めながら。
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これは家に続く道。

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米原万里のエッセイ集 『心臓に毛が生えている理由』

 
それぞれの初出は新聞、文芸誌、広報紙など多岐にわたり、それはつまり全体のまとまりとしては散漫ということである。だから、これ一冊だけと腰を据えて向き合うと、ちょっと疲れてしまう。こういうエッセイ集は、文庫で買って、バッグや上着のポケットに入れて、出先やトイレなどの空き時間でパラッと読むのが良い。

可もなく不可もないといった内容で、米原万里というブランドに期待しすぎたぶん、ちょっと肩すかしだった。

2016年11月15日

ママがいない夜の寝物語、そして散歩

娘らの寝る前のお楽しみは、オリジナルの寝物語である。たいてい二つか三つはせがまれる。毎回の話の前に、娘らが登場人物を決める。

「でっかいオバケと、でっかいキョウリュウと、でっかいオニオンナが出てくるのが良い!」
と長女サクラが言えば、次女ユウも負けじと、
「でっかいトットロと、でっかいパパと、でっかいママが良い!」
なんて付け加えてくる。

主人公は常に長女サクラと次女ユウだ。物語は、いつも、こんなふうにして始まる。

「むかしむかし、あるところに、サクラちゃんとユウちゃんと、パパとママが住んでいました。サクラちゃんとユウちゃんは、とっても可愛くて、とっても仲良しなきょうだいでした」

二人はオバケにさらわれてオバケの国に行ったり、地下帝国にもぐって恐竜に出会ったり、突然現れた鬼女と対決したりする。でっかいトトロやでっかいパパとママがやってきて手助けをしてくれるが、最終的には、二人で力を合わせて困難を克服する。ラストは、たいていこうだ。

「おうちにかえって、パパとママとお風呂に入って、ごはんを食べて、歯磨きをして、そして、みんなで一緒に寝んねしました」


さて、三女が生まれた翌日の夜。次女ユウはあっさり寝たが、4歳9ヶ月になろうとする長女はなかなか寝ない。腕枕のなかで、あっちを向き、こっちを向きしている。ふと見ると、両目からポロポロと涙を流しながら、声を殺して泣いている。
「寂しいの?」
そう聞くと、コクリと頷いてしゃくり上げるサクラ。
「じゃ、昔話をしようか。今回は、赤ちゃんも出てくるのにしてみる?」
また、小さく頷くサクラ。


むかしむかし、あるところにサクラちゃんとユウちゃんと、パパとママが住んでいました。
ある日、ママのお腹の中に、赤ちゃんがやって来ました。赤ちゃんはグングン大きくなってー、そして、ある日、ポンッ、と生まれてきました。サクラちゃんもユウちゃんも大喜び。
でも、ママと赤ちゃんは病院に泊まらないといけないんだって。さびしいね。


「あとなんかい寝たら、ママ帰ってくる?」
「今日も入れたら四つだよ。あと四つ寝たら、ママも赤ちゃんも帰ってくるよ。やさしくしてあげられるかな?」
「うん。赤ちゃん、かわいかったもんね!」
ちょっとだけ笑顔が戻った。
「じゃ、ママと赤ちゃんが帰ってきたら、どうやって寝るか考えてみようか?」
「うん、こっちが赤ちゃんで、次にママで……、サクラが寝て、パパ」
「あれれ? ユウちゃんは?」
「えっとー、一番あっちがユウちゃんでー、ママで、赤ちゃんで、サクラで、パパ、ってのはどう?」
「サクラは赤ちゃんの隣なの?」
「うん」
「赤ちゃんが泣いて、うるさいかもよ」
「えー(笑)」

こうして笑顔を取り戻したのも一瞬だけ。その後はまた涙がポロポロ。


「久しぶりに、抱っこひもしてあげようか?」
嬉し恥ずかしといった様子で頷くサクラ。抱っこして、しばらく家の中を歩いたが、寝つく様子はない。するとサクラが小声で、
「パパ、お外に行きたい」
次女ユウだけ残していくのは心配だったけれど、サクラは妻が切迫早産で入院した時からずっと頑張っていたし、特別にご褒美だ!


夜の田舎道をテクテク。
「寒くない?」
「うん」
テクテク、テクテク。


はじめのうちは、歩くリズムに合わせておどけたように頭を振っていたサクラだが、徐々にそれもなくなり静かになった。スーパームーンが近いらしく、厚めの曇天を透かして月明かりが見えた。

家に一人で寝ている次女ユウのことが心配だったが、サクラには、ママがいないぶん「せめてパパだけでも独り占め」という時間をあげたくて、ただ黙々と、テクテク、テクテク。

どうにか眠れたサクラ。でも夜には、ちょっとだけうなされていた。それから次女ユウは、夜中2時ころに起きて「手が痒い」「足が痒い」「お尻が痒い」と、俺にかいてとせがむ。かいていてウトウトすると、やめるなといってグズる。

そんなこんなで、パパはもう寝不足で疲れたよ……。あと数日だけ、みんなでガンバロー!

2016年11月14日

たとえ勝てなくても、決して負けない、そんな戦うオヤジに振り回される子どもたちの悲喜劇 『サウスバウンド』


ものすごく評判が良かったので、内容は知らないままに期待して読み始めた。第一部(文庫ではおそらく上巻)は非常に面白かった。第二部も決してつまらなくはないのだが、最後の最後で大墜落。

トンデモないオヤジに振り回される子どもたちが可哀そうではあるが、このオヤジの言うことには、時どきナルホド一理あるとは思わせられる。まぁ、あくまでも時どきではあるが。

前半が面白く、後半も損切りするほどのものではなかっただけに、ラストで大いに裏切られたのが非常に残念。

あまり、お勧めしない。

2016年11月13日

三女誕生!

平成28年11月12日、無事に三女が誕生。
9月の終わりには切迫早産で入院したので、どうなることかと心配したが、結局は予定日である11月9日を過ぎての出産となった。実は長女の出産も同じパターン。
今回お世話になった産科医(大学の後輩)が言うには、
「経験だけで言えば、だいたい同じパターンの出産が多いですよ」
とのこと。


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生まれたばかりの妹を見つめる二人は、まるで、地球にやってきた知的生命体を遠巻きに眺める先住者たち。

次女ユウは、長女サクラとのママゴト遊びでは常に「赤ちゃん役」で、たまに冗談で「ユウ姉ちゃん」と呼びかけると、

「もうもうもうもうもう! ちーがーう! ユウあかちゃん!」

と怒っていた。それが、いざ妹ができると、

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お姉ちゃん風が吹き荒れる。

「ユウ赤ちゃん」と呼びかけても、

「もうもうもうもうもう! ちーがーう! ユウおねえちゃん!」

と怒る(笑)


妻と三女が退院してきたら、いったいどんな雰囲気になるのだろう。とっても楽しみである。


ツイッターでお祝いのメッセージをくださった皆さん、ありがとうございます!



次女のときは、こんなんでした。
出産立ち会い記





2016年11月8日

二軍はプロ野球選手ではない! 一軍に養われているに過ぎないのだ!! 『二軍』


本書の中に、『二軍は決して「プロ野球選手」ではない。一軍選手の扶養家族のようなものである』という厳しい言葉がある。一軍選手が活躍することで観客からの収入が増え、二軍選手はその金で「食わせてもらっている」ということだ。一軍が華やかであればあるほど、二軍という影の部分は濃くなる。そこから這い上がらない限り、いつまでも扶養家族のままである。

実力さえあれば一軍に上がれるのかというと、現実はそう単純でもないようだ。というのも「実力」というのはあくまでも相対的なもので、人材に乏しいA球団では一軍レベルでも、人材豊富なB球団なら一軍半という人もいるからだ。運良くA球団にトレードしてもらえれば一軍として活躍できるのかもしれないが、B球団としては二軍選手がケガで休場したときのために、一軍半くらいの選手は確保しておきたい。そういうチーム事情から、二軍でくすぶり続ける人もいるようだ。

また、監督やコーチへの自己アピールも大切だ。監督やコーチも人間である以上、起用する選手に対する好き嫌い、合う合わないといったことは少なからず影響する。私的感情を一切まじえずに「チームを一つにまとめる」というのは、おそらく不可能である。それに、こうした好みを徹底的に排除できるのが「名将」かというと、きっとそういうわけでもない。たとえ実力主義に徹しているように見えていても、実際のところはそうではないはずだ。そう考えると、「実力主義に徹しているように見せるのが上手い」というのは、「名将」の条件なのかもしれない。

二軍は、一軍で活躍するための選手を鍛えて用意する場であるが、それと同時にイースタン・リーグとウエスタン・リーグに分かれて試合をしているチームでもある。通常、実力のある選手は二軍監督が一軍に推薦するのだが、二軍チームとしてもリーグ戦で好成績をおさめたい。だから、「良い選手を二軍チームに留めておきたい」という心理から、つい推薦を遅らせてしまう二軍監督もいるらしい。「鶏口となるも牛後となるなかれ」とは言うものの、一軍で並みの選手として生きるより、二軍の大黒柱として重宝されるほうが良いなんてことは絶対にない。なぜなら、「二軍は一軍に養われているにすぎないから」である。

そんな二軍について、選手らを取材したルポ。選手の置かれたシビアな現実が、著者の温かい視線でもって描かれている一冊であった。

2016年11月2日

数学をまったく知らなくても楽しく読めるし、天才たちの生き方に興味がある人にもお勧め 『天才の栄光と挫折』


数学といっても高校数学までしか知らないし、それ以上を知ってみよう学んでみようという気持ちはまったくない。ただ、数学者と呼ばれる人たちの生き方には興味がある。特に世間から天才といわれる人たちは、いったいどういう育ち方、生き方をしたのだろう。そういうところにこそ面白さを感じる俺は、やはり文系なのだろう。

9人の天才数学者の光と影について描かれた本書の著者は、日本の数学者でありエッセイストでもある藤原正彦だ。

本書は数学をまったく知らなくても楽しく読めるし、天才たちの生き方に興味がある人にはお勧めである。ちなみに、本書で取り上げられた偉人は最初から順に、アイザック・ニュートン、関孝和、エヴァリスト・ガロワ、ウィリアム・ハミルトン、ソーニャ・コワレフスカヤ、シュリニヴァーサ・ラマヌジャン、アラン・チューリング、ヘルマン・ワイル、アンドリュー・ワイルズである。サイモン・シンの『暗号解読』『フェルマーの最終定理』に登場した人たちも含まれていて、この2冊に面白さを感じた人なら本書もきっと気に入るはずだ。

2016年11月1日

落合監督に仕えたコーチが伝えるリーダー論 『参謀 落合監督を支えた右腕の「見守る力」』


落合監督のもと、中日でコーチをつとめた森繁和の本。これまで野村克也、落合博満による監督としてのリーダー論は読んできた。今回は「参謀」という位置づけの人の本である。森自身のリーダー論、参謀論もあるが、落合監督の動きをそばで見てきた人による「落合リーダー論」でもあった。

野球コーチの本なので、当然、野球選手の名前が出てくるが、ほとんどが知らない人であった。野球そのものには大して興味がないので問題なし。全体としては、ナルホドと思えることも多かったが、ときどき文章が散漫になることがあった。

マスコミに対してもキャッチーな言葉を駆使するなどして選手をうまく乗せる野村克也に対して、落合博満はマスコミに対してポーカーフェイスで口数も少ない。リーダーとしてどちらが名将ということではなく、タイプの違いだろう。自分はどちらかというと野村克也の本に波長が合うが、だからこそ落合タイプのリーダー論も勉強になった。