2014年5月30日

サクラ、保育園に行く

妻の実家で先週の金曜日から保育園に行き始めたサクラ、今日でちょうど一週間。初日は2時間程度だったのかな。預ける時にギャンギャン泣いて大変だったらしい。それから数日をかけて、いつの間にか朝は泣かずに行けるようになったらしい。

それでも、昼ころにふと思い出して寂しくなるのか、急に泣き出すようなこともあったそうだ。その姿を想像すると……、なんて可愛いんだ(笑)

だんだん慣れてきた証拠に、連絡帳には、
「ごはんのおかわりを一番にします」
と書いてあったそうだ(笑) 妻からの報告によると、
「それだけ食べたのに、家に帰ったらまた食べたがる(笑)」
ということで、ぷくぷくと健康的な姿をskypeで見るとたまらなく嬉しくなっちゃう。

妻と二人で、
「手がかからなくなるというのは負担が減ってありがたい一方で、どこか寂しいような切ないような、そんな気持ちになるね。そのうち小学校に入れば、土日も友だちと遊びに行ったりするんだろうし……」
なんてことを話しながら、しみじみとした感慨にふけったのであった。

百舌の叫ぶ夜

百舌の叫ぶ夜
面白い!!

これはもう百舌シリーズの中でも評判の良い残り2冊も読むしかない!!

以上!!

2014年5月29日

死んだクワガタ

僕はイタコに、死んだクワガタを呼び出してもらったんだ。

「死ぬ直前、どんな気分だった?」

そう尋ねる僕に、イタコは、いやクワガタは、いや、やっぱりイタコか、まぁどっちでも良いや、とにかくこう言ったんだ。

「せまぐでまっぐらで、くわがった、くわがったよぉ」

僕は泣き伏せるイタコの前に、スイカを置いて帰ってきた。

ゆうパック:「遅配でクワガタ全滅」採集家が日本郵便提訴
毎日新聞 2014年05月28日
◇「腐ったので廃棄」死骸も「標本として価値」
宅配サービス「ゆうパック」の配達が遅れたことが原因で荷物のクワガタ240匹が死に、死骸も無断で捨てられたとして、大阪府の昆虫採集家の男性が、日本郵便(東京都千代田区)を相手取り、19万2000円の賠償を求める訴えを大阪地裁に起こした。同種のクワガタは数千〜数万円で取引され、標本の価値も高いという。28日に第1回口頭弁論があり、日本郵便側は争う姿勢を示した。
訴状などによると、男性は沖縄県の昆虫店の注文を受け、鹿児島県の奄美大島で「アマミノコギリクワガタ」を採集。昨年7月2日、240匹を沖縄へゆうパックで送った。
ところが、到着予定日の7月4日に届かず、男性が問い合わせたところ、郵便局側のミスで熊本県に誤配されたことが判明し、男性は奄美大島への返送を依頼。男性側は7月6日に届いた時点で「クワガタは全て死んでいた」としている。
更に男性が弁償を請求したのに対し、郵便局は死骸を預かり、同9日に「死骸の価値は0円」と弁償を拒否。死骸を返すよう求めても「腐ったので廃棄した」と言われたという。男性は「死体を防腐処理すれば標本として販売することもできた。『死骸だから0円』というのは不誠実」と訴える。昆虫店への販売代金は1匹当たり雄1000円、雌600円で240匹分の代金の賠償を求めている。
一方、日本郵便側は、誤配したことは認めたが、男性に届けた時点で「7匹しか死んでいなかった」と反論。預かった死骸も240匹ではなく140匹だったとしている。代理人弁護士は「男性に返そうとしたが連絡がつかず、腐って業務に支障が出たので捨てたようだ。動物の取り扱いに関しての約款はなく、配達中に死んだとしても免責される」と主張している。
日本郵便によると、昆虫については▽人に危害を与えない▽死ぬ可能性があることを承諾する−−などの条件で、ゆうパックで送ることができる。【堀江拓哉】
◇国内最大級 ペアには数万円の値も
アマミノコギリクワガタ 鹿児島県の奄美群島などに生息する。雄の体長3〜8センチ程度で、国内のノコギリクワガタでは最も大きい。8センチ近い雄の生体は雌とのペアで数万円で売られることもある。希少な色や形だと標本の方が高価な場合も珍しくないという。
http://mainichi.jp/select/news/20140528k0000e040214000c.html

人は、なぜ約束の時間に遅れるのか 素朴な疑問から考える「行動の原因」

人は、なぜ約束の時間に遅れるのか 素朴な疑問から考える「行動の原因」
まぁまぁ面白かった。タイトル以外にも、

・なぜ血液型で性格を判断しようとするのか?
・なぜ傘を置き忘れるのか?
・なぜ同じ過ちを繰り返すのか?
・なぜ公衆マナーを守れなくなったのか?
・なぜ災害から逃げ遅れるのか?
・なぜ騙されるのか?

など、 いろいろな事例を挙げてある。ただし主題はあくまでも行動分析学の紹介であり、それぞれの事例に対する「明確な答え」が示されているわけではない。ツールとしての「考える方法」(視考法)をサラッと教える感じ。

精神科臨床にも応用できそうで、読んで良かったと思った。

2014年5月28日

医師の過労自殺 判決に「そりゃないだろ!!」と激しく抗議したい

まずは産経新聞の記事にさっと目を通してもらいたい。
8000万円賠償命令 医師過労自殺、パワハラ認定 兵庫の病院 鳥取地裁
2014.5.26
公立八鹿(ようか)病院(兵庫県養父(やぶ)市)の男性医師=当時(34)=が自殺したのは当時の上司による長時間労働とパワーハラスメントが原因だったとして、両親が病院側などに約1億7700万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が26日、鳥取地裁米子支部であった。上杉英司裁判長は「厳しい言動と自殺に因果関係があった」として元上司個人の賠償責任も認め、病院側と元上司2人に計約8千万円の支払いを命じた。
原告側代理人によると、医療現場の過労自殺で病院の使用者責任だけでなく、上司の個人責任も認めた判決は異例。元上司は当時地方公務員だったため、本来なら国家賠償法に守られ個人の責任を負わないが、上杉裁判長は「民間病院と異なる点はない」として民法の不法行為を認めた。
判決によると、男性は平成19年10月、鳥取大学から公立八鹿病院に派遣され、整形外科医として勤務。月174~206時間にのぼる時間外労働や上司2人の叱責と暴力行為などによって鬱病を発症し、同年12月に官舎で自殺した。
病院側は「パワハラではなく必要な指導だった」などと主張したが、上杉裁判長は「社会通念で許される指導や叱責の範囲を明らかに超える」と退け、パワハラがあったと認定した。
一方、自殺した男性医師にも職業上、鬱病の知識があったと考えられることなどから、過失相殺で2割を減額するなどした。
病院側の第三者委員会は20年6月に報告書をまとめ、元上司のパワハラを「不適切な指導」と結論づけたが「悪意によるいじめとまでは認められない」と指摘。22年8月には男性医師の自殺が公務災害と認められたが、長時間労働だけが理由とされ、パワハラについての判断はなかった。
公立八鹿病院の話 「判決文を見ていないので今後、内容を検討したい」
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/140526/waf14052619550018-n1.htm
太字下線で強調した部分、

「自殺した男性医師にも職業上、鬱病の知識があったと考えられることなどから、過失相殺で2割を減額する」

なんだこれは!?

「医師という職業上、うつ病の知識がある」ことが、「2000万円」を減額するような過失なのか!?

この自殺した医師は整形外科医である。整形外科医が「職業上、うつ病の知識があった」ことを過失として2割2000万円も減額されるのなら、うつ病を専門とする精神科医が過労自殺したら2割2000万円しかもらえないのかもしれない。

ハードに見えなくても、精神科医だって過労自殺する可能性はあるよ(震え声)

ところで、実際どんなパワハラがあったのか、これは別の記事を。
八鹿・医師自殺 病院側に8000万円賠償命令
養父市の公立八鹿病院の男性勤務医=当時(34)=がうつを発症し自殺したのは過重労働とパワーハラスメントが原因だとし、鳥取県米子市の両親が、同病院と当時の上司だった医師2人に約1億8千万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が26日、鳥取地裁米子支部であった。上杉英司裁判長はパワハラを認め、運営する病院組合と2人に計約8千万円の支払いを命じた。
男性医師は2007年10月から同病院整形外科に勤務し、着任約2カ月後の同年12月に病院宿舎で自殺した。
判決によると、自殺前4週間の時間外勤務は174時間、その前の4週間は206時間に達し、継続的にパワハラも受けていた。
医師経験が半年だった男性医師は、上司から「介助の要領が悪い」と患者の前で頭をたたかれたほか、手術の際には「田舎の病院だと思ってなめとるのか」などと叱責(しっせき)された。
「君は給料の3分の1しか働いていない。君のしていることをお父さん、お母さんに言ってやる」などとも言われ、上杉裁判長は「社会通念上許される指導の範囲を明らかに超える」と指摘した。上司はいずれもすでに同病院を退職している。
上杉裁判長は同病院について「上司2人との関係も含めた勤務状況を把握し、疲労や心理的負荷の軽減を図るべきだった」とした。
会見した母親(67)は「うつを発症させたのが、病院であったというのが残念でならない。こんな悲劇を繰り返してはいけない」と涙ながらに訴えた。男性医師をよく知る医師も同席し「とても優しく優秀な医師だった。医療現場は今でも徒弟的で、改善されなければならない」と話した。両親の代理人弁護士は「公務員のパワハラ訴訟で、上司に賠償を命じるケースは聞いたことがなく、画期的な判決」と評価した。
八鹿病院の米田一之事務部長は「判決文が届けば、控訴を含めて検討したい」とコメントした。
ついでに些細なことながら、過労自殺の裁判で、過失相『殺』という言葉を使うのはどうなんだろう……。法律用語だから仕方がないのかもしれないけれど、他に何か良い言い方はないものか。

2014年5月27日

使える! 確率的思考

使える! 確率的思考
連休初日に読み始め、間に2日の読書空白期間があったので、再開した時に頭がついて行かなかった。内容はそれなりに面白かった。

かなり簡単に説明しようとされているが、それでもこういう本を読むには、小中学校で論理的思考の基礎を身につけていないと無理だ。学校の勉強なんて将来役に立たないと言っている人には、文字は追えても読み解くのは難しいかもしれない。

2014年5月25日

おじちゃん、ありがとう。

昨日、小学校のころから「おじちゃん」と慕っていた人が亡くなったという報せを受けた。

俺の父母と同年代で、まだ63歳くらいのはずだ。おじちゃんは俺の出身高校の大先輩で、またその高校の一期生でもある。母が若いころ働いていた住友生命の支部長で、よく俺や弟妹の面倒をみてくれた。子どもの頃は「シブチョー」とも呼んでいたが、いつの間にか「おじちゃん」になっていた。

ひょうきんな人で、あっけらかんとしていて、それでいながら剣道部で鍛えただけあって肝っ玉の座った人だった。

昨年、異常高血糖があって、精査の結果、すい臓ガンが見つかった。手術では全部は取りきれなかった。その後、おじちゃんは抗がん剤治療を嫌がった。おじちゃんは保険を扱っていたから、ガンの人たちの苦しみをたくさん見てきている。
「俺、あの吐き気が怖いんだよ」
そう言って苦笑するおじちゃんに、俺は、
「副作用の出方は人それぞれだから。全然でない人だっているんだよ。絶対に受けたほうが良いよ」
そう説得した。そして、おじちゃんは抗がん剤治療を受け始めた。ある時、おじちゃんは、
「主治医の先生から、『これだけのクール(治療回数)をやり遂げた人は初めてです』って言われたよ~」
と誇らしそうにしていた。

つい1ヶ月ほど前に電話がかかってきた時には、
「俺、いちは君に主治医になってもらおうかなぁ。そっちに行こうかなぁ」
と笑いながら言っていた。
「いやいや、俺は精神科医だから」
「あっ、そうか(笑)」
そんな会話を明るくした。おじちゃん、もしかしたら無理しているのかもしれないと思ったが、そんなことは電話越しには言えなかった。

「おじちゃん、今年の8月には帰省するから。その時にはサクラと下の子を連れて遊びに行くからね」
「うんうん、待ってるよ~。いちは君、ばぁさん(俺の母のこと)を大事にしろよ」
「うん、分かってる」
それが、俺にとっておじちゃんとの最後の会話になった。約束を果たせなかったことが、もの凄く悔しい。精神科医として、おじちゃんのプライベートなターミナルケアとして何か関わりがもてたんじゃないだろうか、そういう心残りもある。

おじちゃんにはあれこれお世話になったので、いろいろな思い出があるが、中でも強烈に印象に残っていて、俺の人生にも大きな影響を与えたエピソードがある。
俺が20歳になる直前のことだ。おじちゃんは九州大学に通う俺の部屋の引っ越しを手伝いに来てくれた。その時に、こんなことを言われたのだ。
「いちは君、大学生のうちに身につけないといけないことって何か分かるか? それはね、哲学さ。自分なりの生き方の哲学。これを身につけておけば、これからの人生で迷わずに済むからね。迷いそうになったら、自分の哲学にしたがって選ぶんだ」
普段はひょうきんなおじちゃんの言葉は、俺の心に深く焼きついた。

自分なりの哲学。それはうまく言葉にできないけれど、確かに俺の中にある。その哲学のおかげで、こうして医師という職業につけたし、良い家庭も持てた。
おじちゃんの教えのおかげだ。

おじちゃん、本当にありがとう。

お疲れさまでした。

2014年5月23日

運転免許の更新会場にいた「大丈夫かなぁ」と不安にさせる人たち

先日、運転免許の更新に行ってきた。田舎なので全部で20人もいなかったと思うが、その中に「この人たちって、まともな運転できているんだろうか?」と疑問を抱かせるような人が何人かいた。

免許更新の時には、裏に意識をなくすような病気がないかどうかのチェックがある。予防接種の問診票のようなものだが、右側のチェックボックスは「ある」しかなくて該当する人だけが記入する。一番下には「上記いずれもない」という項目があり、書類を渡される時に、
「これを読んで、何もないなら一番下にチェックをしてください」
と言われるのに、全部にチェックして提出した60歳前後の男性。理解力もいま一つで、何回か説明を受けた後に訂正印を押されていた。そんな不注意や大雑把な人が運転して大丈夫なのかと不安になった。

視力検査では別の60代くらいの男性が、検査官とこんなやり取りをしていた。
「あいている方はどちらか言ってくださいね」
「あいてる? はぁ? うん?」
「えーっと、丸の欠けているのがどちらか見えますか?」
「は? 丸が欠けてる?」
「丸は見えますよね?」
「見えるよ」
「どこか欠けてませんか?」
「あぁ、そういうことね」
そんなやり取りを聞きながら、この人が交通ルールをちゃんと理解できるのか疑問に感じた。

50代くらいの男性は受付けで免許証を預けた後、
「講習があるなんて知らなかった。ちょっと自宅に用事があって帰ってくる。すぐ戻るけど、免許を返してください」
と言っていた。更新通知には講習があると明記してあるでしょう……。

ところで、今日の免許更新は違反者講習が必要な人用だった。1年ちょっと前に、見通しの良い田舎道でスピード違反で捕まったのだ。そんなに飛ばしている意識はなかったのだが、どうやら12キロオーバーしていた。
「ここ、40km制限なんですよ」
あぁ、52キロだったかぁ……。
さて、そんな違反者用の更新会場にやって来た50代くらいの女性。
「免許の更新に来たのよ」
そう言って更新通知を婦警に手渡すと、婦警が、
「あれ? 優良者講習ですね。これは午後からですよ」
「え? どういうこと?」
「今からは違反者講習があるんです」
「あら、そうなの~? 受けれないの?」
「はい、午後からです」
更新ハガキの内容も読まないようなテキトー女性が優良者なのかぁ……。

俺も次回は優良者になれるよう運転には気をつけます。

日本の「安心」はなぜ、消えたのか―社会心理学から見た現代日本の問題点

日本の「安心」はなぜ、消えたのか―社会心理学から見た現代日本の問題点
うーん……。いじめの研究の話は面白かったけれど、それは筆者ではなく京大霊長類研究所の正高信男による研究の紹介だったし……。ちなみに、正高信男の『いじめを許す心理』は面白そうだったので購入した。

評価としては今ひとつ。amazonレビューの評価は高いが、俺の感想は★2-3の人たちに近い。

2014年5月21日

ヤクザな患者との交渉ポイント

元ヤクザとかチンピラとか、そういう患者の問題行動に対しては大人数で囲んであげることを心がけるべし、というふうに教わった。「俺を抑えるためにこれだけの人数を集めた」ということが、彼らのメンツを保つのだ。そのかわり、こちらの指示は守らせる。ギブ&テイク、というところか。

これに対して、ずっと柔道をやっていた精神科教授が、ある時に興奮して襲ってきた患者を1対1で投げ飛ばしたという話が逸話になっている。これは状況的にやむを得なかったとしても、最悪に近い。患者の自尊心を傷つけまくるし、患者に「この先生には敵わない」と思わせることに治療的なものはあまりない。やはり、大人数で囲んで観念させるのが理想なのだ。

指導医Y先生は、入退院を繰り返す元ヤクザ幹部だった患者との治療・看護の交渉がうまくいかない時には、敢えて二人きりになって、
「あなたのメンツは潰さないから、俺の顔も立ててよ」
と話していたそうだ。そうすると、それから後が非常にスムーズらしい。

またY先生のさらに上で定年間近のS先生は、かつてクルミを素手で割っていたという怪力で、ヤクザ患者同士のトラブルの時には間に割って入り、ドスのきいた低音の声で、
「このケンカ、俺に預けろ」
と言って収めていたそうだ。
「ヤクザが怖くて精神科医ができるか」
S先生は笑ってそう仰るが……、やっぱり怖いものは怖い。

<関連>
暴れる患者を抑える人数
暴れている人の家族は、まず110番を!!

インコは戻ってきたか

インコは戻ってきたか
篠田節子が描く、響子という女性を主人公に、地中海に浮かぶキプロスを舞台にした冒険小説。冒険といっても中盤過ぎまでは、通奏低音のような不穏な雰囲気はあるものの、わりと穏やかなものである。またクライマックスに入っても、響子がアクションシーンを演じるわけではない。それでも全体を通してみれば、やはり冒険小説と呼ぶのが一番しっくりくる。

カメラを持って旅に出たくなった。

2014年5月20日

高齢者の物盗られ妄想の診察で気をつけていること

物盗られ妄想のある高齢者の診察では、刑事になったつもりで接するようにしている。何をいつ盗られたのか、犯人の目星はついているのかなどを聞く。これは家族や施設職員と話す時も同じで、絶対に最初から妄想とは決めつけない。特に家族の気持ちとしては、身内がいきなり妄想にとりつかれた狂人のような扱いを受けたら辛いものだ。

少し話がそれるが、高齢者の幻視(レビー小体病で起きやすい)に対しても、何が見えるのか、人なら誰が見えるのか、男か女か、知っている人か、怖くないかといったことを尋ねていく。物盗られ妄想にしろ幻視にしろ、こういう細かいことを尋ねていく過程と雰囲気は、本人はもとより同伴の家族の目にも、医師が真摯に向き合っている姿勢が伝わり、以後の関係が円滑になる。

さて、物盗られ妄想に対して薬を処方して二度目以降の診察であるが、本人に対しては「最近も盗られていますか?」と尋ねる。本人にとっては「盗られている」ことは現実なのだから、被害が減ったかどうかという形で聞く。「やっぱり盗られている気がしますか?」という質問は最悪である。

薬が効いてくると物盗られ妄想は改善する。その時、高齢者は「相手が警戒して盗らなくなった」とか「相変わらずたまに盗られるけど、もう気にしないよ」とか、本人なりに納得できる理由をつけて笑う。こちらは「あぁ、それは良かったですね」と相槌をうって、あとは睡眠や食事など体の調子を尋ねつつ普通の医者として振る舞う。

高齢者の物盗られ妄想や幻視というのは、医師や施設職員にしてみたらありふれたものだが、家族にしてみたら青天の霹靂である。だから、家族には「決して珍しい事態ではない」と伝える。それだけで家族は少し安心する。さらに「薬でわりと良くなる」ということも必ず伝える。そして「年長者の人生に対する敬意」を、言葉遣いや態度などを駆使してそっと添える。

医師が認知症患者への敬意を示すことは、「ボケ老人」になった身内に振り回され、ついには精神科に連れてくるまでになった家族にとって、ささやかながらも清涼剤のような効果を持つ。「じいちゃん、ボケてしまってどうしようもないけど、医者はチヤホヤしてたなぁ」みたいな(笑) そしてその中で、「そういえば、こんなことがあったなぁ」など過去の良い思い出を振り返って少しだけ笑ってもらえたら、それはもの凄く治療的である。

<関連>
夢幻の助産婦
赤ちゃんがいない!
答えは一つじゃない
物は言いよう、嘘も方便
認知症検査での工夫あれこれ(1)
認知症患者の精神療法
安全地帯の家族、最前線の施設スタッフ
認知症検査の小道具について
忘れることは哀しく苦しく、時に滑稽 『明日の記憶』
長谷川式の認知症検査で気をつけないといけないこと
認知症に効く!? トリゴネコーヒー
認知症 ~彼女はなぜ泣いたのか~
認知症エピソード
認知症 よい対応・わるい対応―正しい理解と効果的な予防
吾妹子哀し

墓地裏の家

墓地裏の家
ミステリー小説。そして、精神科の知識がそこそこ盛り込まれている。トンデモな記述がないので、作者は精神科か心理学か、そのあたりをきちんと勉強した人なのだろう。
まぁ、そこそこ面白かった。

2014年5月19日

リーダーを目指す人の心得

リーダーを目指す人の心得
こんな素晴らしい本が中古で500円!!

「チーム」医療であるからにはリーダーが必要であり、そして医療のリーダーはたいていの場合、医師である。しかし、医学部にはリーダーシップに関する授業はほとんどない。そして医師になった後にリーダーシップを学ぶ人もあまりいない。せめて本書一冊を読むだけでも、かなり良いんじゃないだろうか。

本書の中にあった胸打つ言葉を引用しておく。
「何ごとも思うほどには悪くない。翌朝には状況が改善しているはずだ」
こうなる場合もあるし、ならない場合もあるが、どちらでもいい。これは心構えの問題であって予測ではないからだ。
自分の人格と意見を混同してはならない。さもないと、意見が却下されたとき自分も地に落ちてしまう。
忠勤とは、意思決定のための議論の段階でしっかり反論することであり、また、決定したことについては議論を蒸し返さずきちんと実行することである。
「やればできる」と「必ずできる」が違うことは忘れてはならない。
優れた判断は経験から生まれる。経験はお粗末な判断から生まれる。
希望は夕食としてはまずいが、朝食としては優れている。
自分の行為の原因を自分以外に求めた時、それは理由ではなく言い訳になる。
報酬は受け取るのではなく、勝ち取れ。
常にベストを尽くせ。誰も見ていなくても、自分は必ず見ている。自分をがっかりさせるな。
あなたがリーダーで、誰も問題を持ち込んでこないなら、不安を感じなければならない。あなたでは問題を解決できないと思われているのかもしれない。
部下に尊敬されようとするな。まず部下を尊敬せよ。
情報収集のため、リーダーから部下へ伝える4ヶ条。
「分かっていることを言え」
「分かっていないことを言え」
「その上で、どう考えるのかを言え」
「この3つを常に区別しろ」

2014年5月16日

深夜コール

つい先日の深夜4時、携帯電話が鳴った。相手先を確認すると、研修医時代の職場だ。娘が起きないよう慌てて2コール目で出たが、すでにグズり始めている。
「はい、いちはです」
「……」
「もしもし?」
「……」
「もしもし!?」
向こうでは、何やらゴソゴソ音がしているが人の声は一つもない。

……。

間違い電話かよ!

迷惑すぎるわ!!


※後できっちりとクレームの電話を入れておいた。こういうことには厳しいのだ。

悦楽王 鬼プロ繁盛記

悦楽王 鬼プロ繁盛記
爆笑しながら読んだ。団鬼六おもしろいわぁ。

<関連>
赦す人

2014年5月12日

病院の待ち時間を改善、あるいはクレームを減らす方法

ホリエモンこと堀江貴文氏が病院の予約と待ち時間について文句を言っていた。


ごもっともな意見ではあるのだが、医師の立場から現状を説明しておきたい。

まず、この問題の根本的な解決策はずっと以前から存在している。
「予約枠を少なくし、どんな状況にも融通をきかさない」
これ一発で即解決だ。ただし、そうすると患者が予約をとる段階で「予約が一杯」と断られることが激増するだろう。また、午前中しか病院に来れない人にも、「午前はどこも空いていません。16時半なら大丈夫です」という対応をせざるを得なくなる。そのかわり、皆さんが大嫌いな「待ち時間」はほとんどなくなる。

例えばうちの外来は、当初30分で5人枠だった。しかし、それでは入りきらないので30分8人枠になってしまった。それでも朝一からギュウギュウ詰めである。30分で8人みるのはかなり難しいので、少しずつ時間がおしていく。後の患者の待ち時間は延びていく。そして次回の予約をとる時に、
「(朝一の)9時半はもう一杯だから、10時で良いですか?」
と頼んでみるが、
「いや、9時半で」
そうピシャリと言われてしまうことが多い。押し問答している時間が勿体ないので、8人枠に9人目を入れることになる。

医療側としては、「融通をきかせて、そのかわり待ち時間が長くなる」か、「待ち時間を減らすために、徹底的に融通をきかさない」か、正直どちらでも良いのである。なぜなら、どちらにしても、「待ち時間が長い!」と怒られるか、「少しくらい融通をきかせても良いじゃないか!」とキレられるか、そういうクレームの来るのが目に見えているからだ。

少し考えを発展させてみる。制度上の問題はさておいて、長い待ち時間の解決策として、「順番を一人ぶん繰り上げるのに1000円負担する」というのを考えた。その1000円は、繰り下げられた人の診療費から差し引くのだ。30分早くみてほしければ、5~10人くらいを飛ばすくらいだろうから5000円から1万円が必要だ。

こうすれば、医療者はクレームが減り、長く待つのが嫌な金持ちはいくらか払って時間を買えるし、待てる人は自分の時間を1000円に換金できる。皆が少しずつハッピーになれる。これには、「朝一で並んで次々と後ろの人を抜かせて稼ぐ人が出るのでは?」という反論もあるが、よく考えてみて欲しい。朝一に並んだら、ほとんど待たずに診察に入るので稼ぎようがないし、お金を出して追い抜く方も、3人待ちくらいなら我慢するだろう。逆に30人待ちを3万円払ってすっ飛ばすような人も稀だろう。そしてこの1000円は払い戻し制ではなく、あくまでも「診療代から引く」だけなので、早く並んだからといって儲けが出るわけではない。

こんなシステムを作ったところで、利用する人はほとんどいないかもしれない。しかし、それでも良い。要は、待たされる人に「状況を自分で選択させる」ということが重要なのだ。「金を払って早くみてもらう」という選択肢があるにも関わらず、「金を払わずに待つ」ほうを選んだという感覚があるだけでも、待ち時間に対するクレームは大幅に減るし、もしクレームがあっても「こういう選択肢がありますよ」と提示すれば済む。

このあたりの考えは、渋滞を研究した下記の本に大きく影響を受けている。
となりの車線はなぜスイスイ進むのか?

この本で述べられていたことで参考にしたのは、「都市部の渋滞をどう解消するか」について。都市部で渋滞している車の多くは駐車場を探してグルグル回っているらしい。駐車場は安値合戦となっているが、渋滞緩和のためには駐車場代を大幅に上げるよう提案している。そうすると車が減って渋滞は解消され、バスなどの公共交通機関の利用者が増え、利用者が増えると運賃やルートなどの利便性が改善されるのだ。

なんにしろ、堀江さん、良い思考ネタをありがとう。

<関連>
あなたの集中力と注意力が試される! 白いチームのパスをカウントせよ!! 『となりの車線はなぜスイスイ進むのか?』

<参考>
なんかいい具合に病院の待ち時間ネタが炎上しておるな。

2014年5月9日

診断名サイコパス―身近にひそむ異常人格者たち

診断名サイコパス―身近にひそむ異常人格者たち
心の底が冷え冷えとしてくる一冊。

精神科で仕事をしていると、こういう世界を垣間見る機会がたまにある。人を殺したのに反省の「は」の字もなさそうな人(患者ではなく、患者の家族)をみたことがある。実際に彼がサイコパスなのかどうかは分からない、というより本書の基準からすればサイコパスではないと思うが、いずれにしろお近づきになりたくはない人だった。

怖がりな人、影響を受けやすい人は読んではいけない。特に後者は、本書を読んで「あの人もサイコパスかも……」「もしかしたら私もサイコパス?」などと思いかねない。著者は診断チェックリストを載せているが、これはあくまでもプロが使って意味があるものである。

著者は本文中に太字で、
「自分自身やそばにいる人を、これを使って診断してはいけない」
と警告しているし、さらには、
「ここで語られる症状のいくつかにあてはまっても、サイコパスでない人がいることにも留意してほしい」
とも書いている。

こういう世界に興味のある人にはお勧め。

2014年5月8日

「地震なんかないよ!」に怒る人たち、耐性が低すぎやしないかい!?

NHKのカメラに向かって「地震なんかないよ!」と言った女性に対して、俺は歩きタバコ以外は怒る気にならない。騒動になった後に名乗り出たのを「売名」と揶揄する人もいるが、彼女は芸能人なのだから、針穴のような小さなチャンスでも見つけて売名するのが仕事だろう。たとえそれが酔った挙句の醜態であってもだ。逆にここで売名活動しないようなら、芸能人としての芽はないんじゃなかろうか。

「この地震ではけが人も出たのに不謹慎だ」と批難する人もいるが、考えるまでもなく、あの時点で彼女が「けが人がいる」なんて知るはずがない。後から分かった事実をもとに「不謹慎だ」と責めるなんて、他人に予知能力を求めすぎ。

「公共放送への迷惑行為」と責める人も見かけたが、それを言って良いのはきちんと受信料を納めている人だけだ。自らが受信料不払いという「公共放送への迷惑行為」をしながらそう批難するのはオカシイ。また自分は受信料を払っているからと胸を張って批難するとしても、それは彼女ではなく、彼女を映し続けたカメラマンを対象にすべきだろう。彼女はカメラの前に無理やり割り込んだわけではなく、カメラマンが無断で彼女の私生活を映したのだから。

「地震なんかないよ!」というのは悪ノリか、酔っていて本当に気づかなかったか、いずれにしても悪意はない。それよりは、こんなことくらいで怒る人のほうが気になってしまう。皆さん、あまりにも耐性が低すぎやしないかい!?

動画を観たい人はコチラで。

<参考ニュース>
NHK中継で「地震なんかないよ!」と叫んだ女性、ネットで名乗り出る 「きちんと説明したい」と質問受け付け

蛇足だが、「路上でキスしている、ビッチだ」という、発言者の生活が垣間見えるような哀しくもズレた批判がある。ところが、動画を何回確かめても、キスしているようには見えない。距離的に無理じゃないかな?


<本人のブログ>
5月5日早朝に起こった地震のNHK地震速報の件について

2014年5月7日

生活指導は、する方も、される方もストレスフル!!

精神科は「とにかく受容的・支持的に話を聞くべきだ」という誤解が、医師だけでなく患者にも蔓延しすぎていて、当たり前の生活指導をしただけで「あの先生は~」と言われかねない。話は充分に聞いたうえで、「病院が提供できること」と「あなたがやらないといけないこと」は明確に伝えるべきである。

診察室や病棟は「心の被災者」にとっての「避難所」であるかもしれないが、避難所だからといって好き放題に生活して良いわけではない。むしろ避難所ではきちんとしたルールに則った生活を求められることのほうが多い。

内科では食事や運動の指導、整形外科ならダイエットや腰痛体操、眼科でも「本は明るいところで」とか、耳鼻科なら「耳かきしすぎない」とか、薬や手術に頼らない指導がたくさんある。精神科も同じで、朝起きろとか、酒やめろとか、外出しろとか、こういう指導はもっと積極的にやるべきだ。

精神科での生活指導は、される方も嫌だろうが、する方だってストレスになる。誰だって仕事のストレスは軽く済ませたい。あなたの主治医がまったく生活指導をしないとしたら、つまり理由はそういうことである。

生活習慣病としてのうつ病

生活習慣病としてのうつ病
自分は精神科医としては薬を処方しないほうに入ると思っているので、著者の意見には凄く納得できるし、考え方や医師としての態度も参考になることが多かった。しかし、著者の論文集である本書の最初のほうに収められたものは、かなり舌鋒鋭い批判文であり、これではせっかく素晴らしい内容に対して他の精神科医が反発的になるのではないだろうかと心配になってしまった。

子どもから大人まで、そして精神病から非精神病までみている俺にとっては名著であり、座右の書にしても良いくらいに、自分の診療スタイルに合っている。

リリエンタールの末裔

リリエンタールの末裔
うーん、いまいち!!

2014年5月2日

自傷行為をする若者にとって、もっとも自分を大事にしない行動は、リスカでもODでも過食嘔吐でも、無防備なセックスでもなく、「悩みを誰にも相談しないこと、助けを求めないこと」である。 『中高生のためのメンタル系サバイバルガイド』

自傷行為をする若者にとって、もっとも自分を大事にしない行動は、リスカでもODでも過食嘔吐でも、無防備なセックスでもなく、「悩みを誰にも相談しないこと、助けを求めないこと」である。
中高生のうち、自傷行為をする生徒の割合がどれくらいかご存じだろうか。ある調査によると、約0.35%前後である。1000人中3人か4人くらいということだが、実はこれ、「教師が把握している自傷する生徒の割合」である。

では匿名アンケートではどうかというと、なんと10人に1人くらいはリストカットのような自傷行為をやっているようだ。またそのうち半分は「10回以上したことがある」と答えている。

つまり、学校の先生は生徒の自傷にほとんど気づいていないということであるが、これは恐らく教師だけでなく親も友人も似たようなもので、自分の子どもや友だちが自傷行為をしているなんて知らなかったという人も多いだろう。

上記はいずれも本書で述べられていたことである。「中高生のための」と書いてあるように、専門書ではないので一般の人でも読みやすいだろう。逆に専門家にとっては物足りない部分が多いかもしれない。内容はリスカやOD以外にもデートDVや援助交際(ウリ)、その他いわゆる「メンタル系」に入りそうなものをあれこれ網羅しているので、興味のある人はご一読を。

多様化したうつ病をどう診るか

多様化したうつ病をどう診るか
参考になる部分もあったし、読み飛ばした部分もあった。まったくもって一般向けではない本。中身のわりに値段が高すぎる。

2014年5月1日

ラジオのテレフォン人生相談が面白い

毎日午前11時からラジオ放送されているテレフォン人生相談が面白い。出張時や休日にしか聞けないけれど、毎回くすりと笑ったり感心したりしてしまう。

20分ほどのこの番組では、まず司会者が相談者から情報を聞きだすのだが、これが精神科医から見て実に上手い。例えば娘の嫁ぎ先の両親との中に困っている60代女性の相談の場合、

「あなたは何歳?」
「62歳です」
「ご主人は?」
「62歳です」
「娘さんは?」
「38歳です」
「結婚して何年?」
「8年です」
「お孫さんは?」
「一人います」
「おいくつ?」
「一歳です」
「あなたの娘さんは、一人っ子?」
「いえ、他に3人います」
「上から順番に、男? 女?」
「長男、次男、それから娘です」
「婿さんはおいくつ?」
「40歳です」

といった具合に、どんどん家族構成を確認していく。ラジオを聞いているほうの頭にも、相談者を取り巻く環境が浮かんでくるのである。そして、相談内容を聞いた後、その日の回答者があれこれと意見してくれるのだ。

先日の放送はとても面白かった。うろ覚えながら大雑把に書いておく。

相談者は26歳の男性で、相談内容は、
「妻(26歳)が夜遊びをして朝帰りをしてくる。どうも男遊びをしているようだ」
といったもの。この二人の間には小さな子どももいる。この時の回答者は女性で、なかなかズバズバ言う人だった。

「あなた、奥さんがいないとダメなの?」
「はい」
「あなたの人生にとって、なくてはならないくらい、絶対必要?」
「そうですね」
「だったら良いじゃない、男遊びくらい許しなさいよ」
「いや……でも……」
「許せないなら、男遊びするなって言うしかないでしょ」
「はい……、言ったこともあるんですが、そうしたら不機嫌になるし」
「そりゃそうよ、遊びたいんだから」
「はい……」
「あなた、彼女のこと好きなの?」
「はい」
「どこが?」
「優しいところ……、ですね」
「優しい?」
「はい」
「旦那と子どもを置いて男遊びに行く女のどこが優しいの?」
「……、そうですね……、えっと、僕のことを分かってくれるというか受け止めてくれるというか、そこが優しいです……」
「あのね、あなた、彼女に褒めるところがないから、優しいくらいしか思い浮かばないんじゃないの?」
「……、そう……かもしれません」
「彼女はね、あなたのことを充分に分かったうえで男遊びをしているわけ」
「はぁ……」
「そういう人なの、彼女は」
「はい……」
「その程度の女なのよ、分かる?」
「はい……」
「それでも、あなた、彼女のこと好き?」
「はい」
「愛している?」
「はい」
「だったら、許してあげなさい、男遊びの一つや二つ。どうせ戻ってくるんでしょ」
「まぁ、朝には……」
「それでやっていくしかないでしょ。その程度の女でも、あなたが愛していて、絶対に必要だっていうんだったら」
「そうですよね」

とまぁこんな感じである。同じ男として聞いていて情けないと思いながらも、このやり取りが面白くて仕方がなかった。

回答者には、結構すっとぼけた医学博士・森田浩一郎先生、御年89歳がいて、この先生は司会者が聞きだした相談内容をまともに聞いておらず、いきなり、
「あなたのこういうところが変だと思うなぁ」
なんてことを言う。それに対して相談者が、
「それは先ほども申しましたように」
と司会者にしたのと同じことを説明し直すと、
「あ、そうなの、それじゃあねぇ」
などと言いながら、のらくらと会話していくうちに、なぜか相談者の悩みに対する回答にそれなりになっているところが年の功といったところだ。

時間があれば毎日でも聞きたい面白ラジオである。


<参考>
テレフォン人生相談 5分で読めるテレフォン人生相談(放送された会話が速記してある)

八代亜紀の『舟歌』 英語バージョンが面白い


八代亜紀の『舟唄』のカラオケ用英語バージョン。
「しみじみ飲めば しみじみと」が……、

Shimijimi Drinking Shimijimily

これは(笑)