2014年3月31日

事務職員を鍛える

病院内では温厚で通っている俺が、事務職員に対して怒ってしまった。普段は年下も含め事務職員にため口を使うことはなく、丁寧に腰を低くしているのだが、今回ばかりは一回締めとかないといけないと思ったからだ。

当院では各科が数冊ずつ、病院負担で専門雑誌を購読している。精神科では『精神科治療学』と『臨床精神医学』の2冊だが、これが今年に入って一冊も入ってこないのだ。医局秘書に相談し、担当の事務員に連絡してもらったのが2月の最初。それ以降、週に2回くらい秘書に「まだですか?」と聞くが、
「担当の職員にはその都度聞いているんですが、毎回、確認しますって返事なんですよ……」
辛抱強く待ったが、あまりに動きがない。秘書も、
「先生から直接のほうが、向こうもすぐに反応するかも」
と言うので、俺から直接聞くことにした。

「精神科の本が2ヶ月も来ていませんが、どうなっていますか?」
「あ……いや、えっと……分かりません……」
「2月初めには秘書さんから連絡が行っていますよね?」
「はい」
「本は届いているけれど紛失しているんですか? それとも届けられていないんですか?」
「分かりません……」
「各月でチェックしていないんですか?」
「していません」
「精神科の本がどうなっているか、秘書さんに報告しましたか?」
「いえ……」
「何回も聞かれましたよね?」
「はい」
「なんで報告しなかったんです?」
「すいません」
「いや、謝らなくて良いんです。なぜ放置されたのか知りたいんです」
「……、待っていれば、そのうち届くだろうと思っていました」
「……、秘書さんを介して何度も問い合わせが来るということは、それだけ医師が困っているということなんです。そのあたりの事情を事務の人たちに汲んでもらえると、僕らは凄く助かります」
「はい、分かりました。すいませんでした、確認します」
「じゃ、よろしくお願いしますよ」

言葉遣いは丁寧なままに抑えたが、口調は厳しかったと思う。あとから聞くと、彼は高校卒業したての入社1年目。そうか、それなら仕方がない……、なわけあるか!! 報告や連絡、相談を教わらない社会人がどこにいる!?

さて、それから2時間後。一向に連絡がないので、改めて電話してみた。
「確認しました?」
「はい」
「それで結果は?」
「いや、まだメールの返事が来ません」
「電話しましょう!!」
「あっ、はい」
「こういう時はメールじゃなくて電話です!!」
「はい」

正規職員である彼が30年くらいで事務の上層部になることを考えると、今かなり厳しく教育しておかないとヤバい気がする。

それから1週間後、彼は直接、俺の診察室を訪れて、
「本の発送が確認できました」
という報告をしてくれた。かなりの成長である。
「ありがとうございます。大変でしたね。お疲れさまでした」
そう声をかけると、彼はまだ幼さの残る顔で照れたように頭を下げた。

病院には二つの車輪があって、片方は医師や看護師、作業療法士やリハビリといった患者の治療・看護に直接かかわるもので、もう片方は事務職員である。どちらが欠けても病院は前には進まない。事務職員の教育を上級事務職員にだけ任せるという考えは間違っている。また逆に、医師の教育を事務職員が行なっても良い。実際、研修を受けた病院には研修医への教育係という事務職員がいた。

彼が20歳になるのを待って、飲みにでも連れて行ってやるか。

2014年3月28日

手段は、いつのまにか目的に変わる

モテようと思って始めた手段である日焼けや筋トレが、いつの間にかそのものが目的化し、好ましいレベルを通りこして黒くなったりマッチョになったりする。

ブックオフを辞め、他人を見返すために高収入の医師という仕事を目指したのに、今となっては人を見返すことなんてどうでもよくて、精神障害者の医療や人権問題に熱くなっている。

手段がいつの間にか目的化することがあると知っておくと、最初の動機になんてこだわらなくなる。どういう不純な動機でも、まずはやってみりゃ良いんだ。

文庫版とは全然ちがうらしい 『家族狩り オリジナル版』

家族狩り オリジナル版
天童荒太は『包帯クラブ』で初めて読んで、全体的に優しさがにじんでくる小説家だなぁと思い、それから何冊か読んだ。今回はタイトルが禍々しいが、中身はそれ以上に恐ろしい。中古で単行本を買ってから知ったのだが、文庫版はほぼ全面改稿されているようだ。そういう経緯もあって、またこの「オリジナル版」なるものが発売されたようなので、ファンが多いんだろう、きっと。

ところで天童荒太は小説家にしては精神科のことをよく勉強しているほうだと思うけれど、やはり現場の雰囲気、職員心情などは現実とはちょっと違うなぁと感じた。

蔵書決定。

2014年3月26日

太陽が昇ったら、走り出せ

アフリカの大地で、ガゼルが目を覚ます。
彼は知っている。
ライオンより速く走らなければ喰い殺されてしまうことを。

アフリカの大地で、ライオンも目を覚ます。
彼は知っている。
ガゼルより速く走らなければ飢え死にしてしまうことを。

あなたはライオンだろうか、それともガゼルだろうか。
そんなことは大した問題ではない。
太陽が昇ったら、走り出せ。


『ライオンとガゼル』という詩で作者は不詳らしい。だいぶ変えているけれど、翻訳は俺。原文は以下。

Every morning in Africa, a gazelle wakes up.
It knows it must run faster than the fastest lion or it will be killed.
Every morning a lion wakes up.
It knows it must outrun the slowest gazelle or it will starve to death.
It doesn’t matter whether you are a lion or a gazelle: when the sun comes up, you’d better be running.

詩というより、啓発文みたいなものかな。

神鳥イビス

神鳥イビス
篠田節子のホラー小説。今回、恐怖をまき散らすのは、鳥。正確には朱鷺(トキ)、現在はもう絶滅したニッポニア・ニッポンである。本書が書かれた頃はまだ保護センターで2羽生息していたようだ。その朱鷺とホラーがどう結びつくのか、さすが篠田節子だ。そして、主人公の葉子のキャラがまたいい感じで篠田小説らしくて良かった。

蔵書決定。

2014年3月25日

「ゼロリスク社会」の罠 「怖い」が判断を狂わせる

2001年に起きた米国同時多発テロのあと、アメリカ国民は飛行機の利用を避け、かわりに自動車で移動するようになった。飛行機事故での年間の死亡数は全世界で1000人前後である。これに対し、推計によると、飛行機ではなく自動車移動を選んだことによる交通事故者はテロ後1年間で約1600人にのぼるらしい。

我々は日常生活でリスクを読み誤る。リスクを避けるために直感的に正しいと感じたものが、統計的に分析してみると逆にハイリスクだった、ということがあったとしても、それでも我々は直感に引きずられる。それは、山で、森で、砂漠で、海で、川で、ヒトがとっさの判断を駆使して他の生物や自然現象と対峙し勝利してきた名残だろう。高度化されていない世界では、ヒトが生き残るためには直感が非常に大切な能力だったのだ。

統計を駆使するようになったヒトは、今度は統計で嘘をつくようになる。
「足の長さと成績のよさは比例する。あらゆる年代の人に算数の問題を解いてもらったところ、足の長い人ほど成績が高かったのだ」
バカげた話に見えるかもしれないが、これは統計的に正しい。ただし「あらゆる年代」という点をきちんと考慮に入れれば、小学生より高校生が算数が解けるのは当然だと気づく。

「ゼロリスク社会」の罠 「怖い」が判断を狂わせる
上記は本書の記述から拾ったもの。前半から中盤にかけて非常に面白かったにもかかわらず、福島の原発問題に執着しすぎて本書のテーマがぼけまくり。全体で7章260ページあるうち、原発を扱った第7章が64ページ、約4分の1を占めるのは、いくらなんでもやりすぎだ。ふざけんなこのヤローと最後は飛ばし読みして、全体評価は★3つ。

家族に読ませるために蔵書。

2014年3月24日

師長が泣いた日

病棟の看護師長が転勤する。昨日の送別会で、師長は涙ながらに語っていた。
「20歳の息子を亡くし、それから家族に何かしてあげていたかなと振り返ってみたら、至らないところがたくさんあった」
それが奥さんの実家に近い場所への転勤願いの理由らしい。息子さんは、数年前に当院で亡くなり、俺もお通夜に行ったが、師長はいつもの師長で、少し憔悴したようには見えたが涙は流していなかった。息子さんは突然死ではなかったので、ある程度の覚悟はあったのかもしれない、と思った。

そんな師長が、送別会で、泣いた。

俺は立場的に最後の挨拶をすることになった。俺のことを知る人なら分かると思うが、もちろん何を話したのか覚えてはいない。しかし、もともと伝えたかったことを言った覚えはある。それはだいたい以下の通り。

今年度、独り医長になり、表にはなるべく見せないようにしている自分なりの苦労や苦悩があった。そんな俺の心境を知ってか知らずか、師長は新規の入院患者があるたびに、俺のPHSに電話したり直接俺のところに来たりして、
「大丈夫ですか!?」
と言った。俺の意向で満床を30床に制限しているのに、それを自ら超えて受け容れていることを指摘されたような気がして、時にイラッと、時にウンザリとした口調で、
「なんとかなるでしょ」
と少し不機嫌な顔でそう答えてきた。でも、そのたびに師長は、
「病棟はなんとかなるんです。でも、先生は……、大丈夫ですか?」
そう言って苦笑した。彼は直接には言葉にせず「入院患者が増えている(31人以上)けれど、先生の負担が大きすぎませんか?」と心配してくれていたのだ。

精神科病棟で働く俺たちは、「対人援助職」だ。医師も看護師も、作業療法士も、PSWも、看護助手も。患者のために悩む、努力する、手を差し伸べる。ひたすらそうやって毎日を過ごしている。そんな中で、病棟看護師のトップである師長は、患者だけでなく俺のことにまで気を遣い、俺から嫌な顔をされることも厭わずに声をかけてくれた。対人援助職とは、本当はそういうことなのだろうと、師長の姿を見ていてそう思った。

そういう想いのたけをこめて最後の挨拶をした。

そして翌日、病棟に休日出勤した俺に対するある看護師の一言。

「先生の挨拶、響かなかったぁ。オニギリばくばく食べてたから聞いてなかったんだけど(笑)」

え……。いや多分、俺、良いこと言ったはずなんだよ!! 唖然とする俺を見て、別の看護師が、

「良い話してましたよぉ」

と笑う。その笑顔と声にホッとする。いやホッとしてどうするんだ。彼女が「対人援助職」として、俺を慰めているだけかもしれないではないか。それでも、一応、相槌を打つ。

「で……、ですよねぇ……。最後は良いこと言わなきゃと思って気を張っていましたもん」

「あぁ、なるほど(笑) それで、無事に帰ったんですか?」

「病院に泊まりましたよ。最後は師長と一緒にタクシーで病院に戻りましたから。師長にタクシー代を出してもらって申し訳なかったですよ、ほんと。それから師長と別れて、師長は作業療法室に、俺は仮眠室に寝て今に至るわけですよ、ははは(笑)」

「……、先生、師長ではなくて、“副”師長と一緒に帰ったんですよ(笑)」

「え……」

来年度もがんばるぞー!!

第六大陸

第六大陸<1>
小川一水による近未来を舞台にしたSF小説。第六大陸とは月のことである。人類は宇宙へ出ることはできる、短期間なら滞在することもできる。しかしそれは、アフリカで発生した人類が、新天地、新大陸を求めて移動し拡散し定住してきた歴史から考えると、宇宙開拓と言うには未熟すぎる。せいぜい海に潜って出てくることに毛が生えた程度だろう。そんな人類が月に進出する姿を描いた小説。

難解な用語が出たり理系知識が求められたりするハードSFではないので読みやすいし、SFをベースにした人間・恋愛ドラマであり、そう肩肘を張らずに読めるそれなりにオススメの本。

蔵書決定。

2014年3月20日

第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい (後編)

人の顔を思い出すという行為は無意識の認知である。考える必要はなく、顔がすっと浮かぶ。しかし、紙とペンを渡されて、見た目の特徴を詳しく書かされたらどうだろう。輪郭、髪の色、目鼻立ち、服装、アクセサリーなど。警察が容疑者を捕まえて目撃者に確認させることを「面通し」と言うが、こうした説明を求められた後に面通しをすると、今度はその人の顔をちゃんと言い当てられなくなる。

何もしなければ問題なかったはずの「顔を見分ける能力」が、顔の特徴を説明することで弱まる。心理学者ジョナサン・W・スクーラーは、これを「言語による書き換え」と呼ぶ。顔を言葉で説明すると、視覚記憶が言語に置き換わり、「どんなふうに見えたか」ではなく、「どんなふうに見えると言ったか」の記憶を引き出すのだ。


また別の話もある。

1983年、カリフォルニアにあるゲッティ美術館に、紀元前6世紀の大理石像が持ち込まれた。「クーロス」と呼ばれる全裸の若い男性の立像で、美術商の言い値は1000万ドルだった。美術館側はクーロス像を借り入れ、徹底的な調査にかけるなど慎重に対応した。地質学者が高解像度の立体顕微鏡を使って2日がかりで精査し、また電子顕微鏡、質量解析機、X線解析などのハイテク装置を駆使して調べあげた結果、このクーロスは本物であると結論づけられた。

しかし、このクーロスを見たイタリア人の美術史家は一目見て、なぜだか分からないが「爪が変だ」と思った。また別のギリシア彫刻専門家は見るなり「お気の毒に」と言っていた。さらにメトロポリタンの元館長は見た瞬間に「新しい」と感じた。アテネ考古学会会長は「初めて見た瞬間、なんだかガラス越しに見てるような感じがした」としらけてしまった。これらの評価を受け、改めて調査された結果、クーロスそのものではなく、彫像にまつわる手紙や書類が偽者であることが発覚し、このクーロスはほぼ間違いなく模造品だと結論づけられた。

専門家が第1感で見抜くのに要した時間、2秒。

この本では、こうした第1感による成功例だけでなく、それが失敗につながった例も挙げてある。そして、なにがその第1感を歪めてしまったのかにも言及してあるところがバランスが取れていて良い。

2014年3月19日

第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい (前編)

アイオワ大学で行なわれた面白い心理学実験がある。

赤いカードと青いカードが数十枚ずつ用意され、それぞれ「10ドル勝ち」「2ドル負け」など書かれている。赤には大勝ちもあるが大損もあり、逆に青には大勝ちが少なく、そのかわり負けを引いても損が少ない。被検者はそれぞれの山から一枚ずつめくっていき、最終的にプラスなら勝ちだ。これを読んでいる人に先に手の内を明かすなら、赤を無視して青だけを引いてゲームを終われば勝てる仕組みになっている。さて、被検者はカードを何枚ほど引いたところでに気づくだろう?

たいていの被検者は50枚ほどめくったところで、なんとなく必勝の法則に気づく。確信にまでは至らないが、なんとなく「青のほうが良さそうだ」と思い始める。さらにゲームを続け、80枚ほどめくれば必勝法に確信を持ち、赤いカードを避けたほうが良い理由も説明できるようになった。経験を積み重ねて一定の仮説を立て、さらに経験を重ねて仮説を検証するというプロセスの結果である。しかし、この実験の面白いのはここからだ。

研究者は被検者の手の平に測定機を取りつけ汗の出方を調べた。汗の出方で被検者のストレス反応を測ろうとしたのだ。その結果、なんと10枚目くらいで、みんな赤いカードにストレス反応を示し始めた。また同時に青いカードを引く回数が増え、赤の回数は減った。つまり被検者は「なんとなく青が良さそうだ」と意識する前から、危険を回避する方法を取り始めていたということだ。

第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい
この本に挙げられる実験や事例は面白かったので、また改めて紹介したい。蔵書決定。

2014年3月18日

リストカットやODをする人に伝えたいたった一つのこと

Cocco、鬼束ちひろ、椎名林檎の3人は境界性人格障害の人の三大教祖と言われている、という話をしたら、若い看護師が「恋愛関係でいろいろあった時に、椎名林檎の歌に引き込まれ……、引きずりこまれそうだった」と言っていた。魔力、恐るべし。

ところで、リスカは医師や看護師には嫌われるものだが、「リスカは悪いことか?」と問われたら、俺は首を横に振る。少なくとも、イライラするとかムシャクシャするとか、そういうことで他人を殴るよりは何百倍も良い。

多くの人が採血される時、手をぎゅっと握ったり、太ももをつねったりする。誰だって、自分に降りかかる強いストレスに対してはそれなりの対処をする。その延長線上にリスカやODがあるわけで、決して特別なことをやっているわけではない。

また、酒を浴びるほど飲む(飲み過ぎたら死ぬ)、車で飛ばす(事故したら死ぬ)、人にからむ(相手が怒って殴られたら死ぬ)など、辛い気持ちをリスクや痛みに置き換えることはストレス発散の常套手段だ。そして、そういうこととリスカやODはそう違わない。彼らは決して特別な人たちではないのだ。

もちろん、俺もリスカやODの患者をみて「バカだなぁ」とため息をつきたくなることがある。でもそれは暴走族に対してバカだなと思うのよりは前向きだ。気持ちなんて知りようがないし分かりようがないが、暴走族とは違って「他人ではなく自分を傷つける」という方法を選んだことを評価する。実際、そうやって自分を傷つけるのは、褒めはしないけれど凄いことだとは思う。

ただし、それは自傷行為を脅迫の手段として使わない場合に限った話だ。「言うこと聞いてくれなかったら死んでやる」と見せびらかすように切ったり飲んだりするような人はタチが悪い。凄いと感心するのは、あくまでも内向的に、ひっそりと自身を傷つけている人たちのことを言っている。

リスカやODは『死なない限り』決して人が言うほど悪いことではない。それは人を殴るより何百倍もマシだ。ただ、自分を傷つける姿は見ていて辛いから周りは動転してしまう。自傷行為は30歳を過ぎると激減し、40歳を過ぎるとほとんどしなくなる。つまり、それまで生き延びることが大切だ。だから、リストカッターに最低限に守らせたいこと、それは一言。

「死ぬなよ」


<関連>
リストカッターに対する友人や家族、治療者のあり方
『境界性人格障害のすべて』から (1)
『境界性人格障害のすべて』から (2)
『境界性人格障害のすべて』から (3)
『境界性人格障害のすべて』から (4)
人は成長する、たとえどんなに歳をとっても
リストカット

0能者ミナト<2>

0能者ミナト<2>
前作が思いのほか面白かったので、試しに4巻まで購入している。話の筋はシンプルで、登場人物も良い意味で単純明快なキャラばかりで、1冊読むのに一日かからない、良い感じでラノベらしい作品に仕上がっている。これを変に凝って書こうとすると逆効果になるだろうから、筆者はそのあたりのバランス感覚が優れているのだろう。

蔵書決定。

2014年3月17日

思春期の精神科面接ライブ -こころの診察室から-

思春期の精神科面接ライブ -こころの診察室から-
決して面白くなかったわけではないが、値段のわりに分量が少なく読み応えはない。ただ、日々の臨床に対する刺激にはなる。

蔵書決定。

2014年3月14日

仲間はずれ

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折れ曲がったままの吊り革。

子ネコ殺しで有名になった坂東眞砂子のホラー短編小説集 『屍の聲』が意外にレベル高くて……

屍の聲 
坂東眞砂子は子ネコ殺しのエッセイを読んで以来、どうにも生理的に読む気がしなくて避けていたのだが、このブログのコメント欄でお勧めされたのをきっかけに何冊か読んでみるかと購入してみた。そのうちの一冊が本書で、これがまたレベルの高い小説で……、うーん、子ネコ殺しと作品としての小説はなんの関係もないんだけれど、やはり気分的に影響を受けてしまっている俺であった。

蔵書、決定……。

2014年3月13日

夢幻の助産婦

95歳の女性が「幻覚のようなことを言う」とのことで家族に連れられて受診。診察の結果、どうやら昼夜を問わないせん妄状態であるらしい。せん妄というのは「軽度から中等度の意識混濁に加えて、精神運動興奮を伴い、錯覚、幻覚、妄想がみられる状態」である。診察室での彼女は、ある程度しっかりしているように見えたが、時おりせん妄状態に陥るのか、ふっと、
「何グラムだったかねぇ」
そんなことを言う。

実は彼女は元助産婦で、20歳から60年近く、この島のお産を支えてきた人だった。彼女が若い頃にとりあげた女児が成長して妊娠し、そのお産を手伝い、さらにその子が成長して妊娠し、その出産も介助したというから驚きだ。
「当時はまだ少子化じゃない時代でしょう。だけど島には医者も看護婦も少なくて、特に田舎のほうでは病院にかかれないわけですよ。だからまぁ、今だったら逮捕されるのかもしれませんが、おふくろは医者みたいなこともやってましたよ。薬を処方したり、注射を打ったり。朝から晩まで、くたくたになるまで働いて。明け方までかかったお産の帰りに、居眠り運転で田んぼに突っ込んだりね。ほんと忙しかったですからね、おふくろ、いつも家にいなかったんですよ」
彼女を連れてきた息子さんは、少し誇らしそうにそう語った。

そんな彼女の幻覚に影響された言葉は、ほとんど全てが出産に関することだ。
「あそこの赤ちゃんは何週になったかね?」
「2800グラムあれば上等だよ」
「それはいかん、今すぐ準備せんと」
そういったことを、時には穏やかな笑顔で、時には切実な真剣さで言うのだ。もう引退して20年以上も経っているのだが、今なお彼女は「認知症とせん妄」という夢幻の中で、助産婦として一生懸命に仕事をしているのだった。

俺は胸を打たれてしまって、思わず彼女の手を取った。
「大先輩!!」
彼女は白衣姿の俺をしっかりと見据え、そしてにっこりと微笑み、それからかすかに頷いた。視界の隅で、息子さんがそっと目頭を押さえていた。

精神科診療トラブルシューティング

精神科診療トラブルシューティング
中古しかなくて俺は4000円で買ったんだけれど……、そこまでの価値はなかったな……。

2014年3月12日

直観を科学する―その見えざるメカニズム

「pad」と「bad」を発音しろと言われたら、ほとんど全員が苦もなくできるだろう。では、それぞれを発音する時に、声帯や口がどう違って動いているのかを説明するよう求められると、途端にできる人の数が少なくなる。

直観を科学する―その見えざるメカニズム

「直観」とは、これに近いものかもしれないと本書は言う。つまり、何げなくできているものだが、どういう仕組みになっているかというのは説明しにくい。これは確かに面白い例えだ。

本書では全体を通して直観についてあれこれ考察したり、様々な実験結果を紹介したりで、興味深いものも多々あるのだが、正直なところ訳がちょっとイマイチで……。もの凄く下手な訳というわけでもないのだが、読みやすくて素晴らしいと褒めるわけにはいかないレベルだ。

そして何よりこの本、3990円もするのだ!! 約4000円である。これは高い。同様の内容を扱った本で、もっと安いものはいくらでもあるし、そういう本をすでに何冊か読んできただけに、これは少々痛い出費となってしまった。

図書館寄贈はしないけれど、手元に置くほどでもなく、実家の書庫レベル。

名古屋の朝焼け

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夜の栄(名古屋) ノーファインダー

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2014年3月11日

誰の仕業か

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こういうの、誰がどういう意図で、どんな馬鹿力で曲げるんだろう?
カギを落とした人なんかがバールかなにかで必死に?

実家の花たち

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発達障害や自閉症スペクトラム障害といったものに興味はあるが、知識はほとんどないといった人たちが読むのにお勧め! 『自閉症スペクトラム 10人に1人が抱える「生きづらさ」の正体』


以前、ある先輩精神科医が「発達障害も診断基準の裾野を広げれば10人に1人はいるそうだ」と仰っていた。なるほど言われてみれば確かにそうかもしれないと思った。そしてそれは本書にも同様のことが書いてあった。

本書は発達障害や自閉症スペクトラム障害といったものに興味はあるが、知識はほとんどないといった人たちが読むのには非常に向いていると思う。分量も多くないし読みやすい。精神科医としては、もう一歩踏み込んだ内容まで読みたかったが、参考文献も記してあるので、そちらを読めということだろう。

看護師などの教育用に蔵書決定。

2014年3月10日

病院での呼び出しは、番号が当然? 名前が良い?

病院で患者を名前で呼びだすことに反対の声があるのは分かる。 特にプライバシー重視社会に慣れた若い世代ではそうだろう。ただ、カクテルパーティ効果というのがあって、騒がしい中でも自分の名前が呼ばれると聞き取れるが、番号だとかなり意識していないと聞き取れないというのも確かだ。

そして、高齢なほど番号で呼ばれる社会に慣れていないうえ、耳も遠くなってくる。名前で呼ぶなというのは若い世代の正当な主張だが、「番号で呼ばれても気付かず待ちぼうけ」な高齢者も少なからずいるだろうと考えると、これはバリアフリーの問題にもつながる話ではないだろうか。

近いうち、病院では受付けの時に「番号で呼び出し 名前で呼び出し」のどちらかに丸をつけるようになるのかもしれない(そういう病院がすでにいくつかあるらしい)。さらに時代が進んで、番号呼び出しが当然の世代が高齢になった時、さてどういうやり方が常識となっているのだろうか。

虫の目で人の世を見る―構造主義生物学外伝

虫の目で人の世を見る―構造主義生物学外伝
昆虫学者である池田清彦の本。前回読んだ本『やがて消えゆく我が身なら』が面白すぎたのだが、本書は俺の好みとはちょっとずれていて、あまり楽しめなかった。

図書館寄贈。

2014年3月7日

やっぱり子育ては面白い

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ある日の夕方、俺が帰宅すると、サクラが嬉しそうに駆け寄り、俺を見上げて、
「こぇっ! こぇっ!!」
と右手の人差し指を突きだしてくる。指先には絆創膏が巻かれていた。少し前から人差し指の爪の根元が腫れていて、小児科での健診のついでに相談したら、針で突いて処置してくれたらしい。大泣きしたが、ジュースを買ってあげたら落ち着いたそうだ。
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痛かった思い出と絆創膏が気になるのか、何をするにしても右手人差し指は立てたままである。食事時、スプーンでうまくいかない時には手でつかむのだが、右手を伸ばしてご飯をつまもうとして、絆創膏に気づいてハッとしたかのように右手をひっこめ、左手でご飯をつまんだ時には妻と二人で爆笑してしまった。

お風呂では、最初の1分くらいは右手をあげて湯船につかっていた。でもおもちゃで遊ぶうちに知らず知らずにお湯につかり……、やはりハッと気づいて右手をあげる。そしてまた気づかないうちに右手がつかり……、ということを繰り返すうちに絆創膏がふやけて取れた。泣くかなと思ったら、逆にそれでふんぎりがついたようで、そこからはオモチャに集中していた。湯船に浮かぶ絆創膏をすくいあげ、サクラに手渡そうとすると、
「イヤの、イヤの~」
と体をひいて逃げた。その姿を見て、またお風呂で爆笑してしまったのであった。

治療関係と面接―他者と出会うということ

治療関係と面接―他者と出会うということ
精神分析を主に専門としている精神科医の論文、エッセイなどをまとめたもの。

精神科関連の本を蔵書する時、大まかに2種類に分けている。非常に感銘や影響を受けたもので、読み直すことはないかもしれないけれど折にふれて背表紙だけでも眺めて自らへの渇としたいがために、なるべく目につきやすいところに置く本と、一応図書館寄贈ではなく蔵書にするけれど、でもまぁ……という本である。本書がどちらかというと……、まぁ……。

本書の価値が低いわけではなく、俺が未だそのレベルに達していないということであろう。

2014年3月6日

「患者を対象に」から、「患者と一緒に」へ指向を変えたがん研究 『病の皇帝「がん」に挑む ― 人類4000年の苦闘』

文句なしの名著で、時間と体力があれば徹夜本になっていただろう。

著者はアメリカの腫瘍内科医だが、本書は医学書ではなく、一冊の長い小説を読むかのような、そういう感覚を味わった。とにかく構成が上手い。そして翻訳者が日本の医師なので、医学的に変な訳というものがなかった。

病の皇帝「がん」に挑む ― 人類4000年の苦闘 上
これはすべての医学生に勧めたい。そしてがん医療に少しでも携わる医師(つまり精神科も含めたほとんどの医師)、看護師、薬剤師、その他のコメディカルにも読んでみて欲しい。そして、現在がんと戦っている人、その家族にも、科学と医学ががんに挑んできた歴史、そして今もこれからもがんの研究は進んでいくということを知って欲しい。著者が言うように、がん研究は「患者を対象に」するのではなく、「患者と一緒に」繰り広げていくものなのだから。

蔵書決定。

ツイートまとめ





2014年3月5日

変死に関する警察からの照会‏にどう答えたら良いのか

精神科にかかりつけだった患者が変死したということで、警察から、
「精神科疾患が死因と関連する可能性」
「突然死の可能性に関する病状の有無」
の二点を尋ねられた。俺の答えは、

「知るかよそんなこと」

である。

精神科患者が自殺や事件を起こすと、こうやって警察から情報提供を求められる。病名、発症時期、初診日、最近の受診状況、最終の受診日、入院歴、手術歴、内服薬などであるが、今回、警察からの照会書に、上記2つが加わっていたのだ。

そもそも、警察からは守秘義務を理由に「どうやって死亡したか」は一切知らされない(※)。それなのに「死因と関連する可能性」や「突然死につながる病状の有無」など聞かれても答えようがない。このあたり、警察の感覚が凄くおかしい。だから、意地悪ではなく(いや、正直なところ、そういう気持ちも皆無ではないが)、「死因を知らされておらず回答不能」「突然死の内容を知らされておらず回答不能」と答えるに留めた。

警察から直接に問い合わせの電話があった場合には「死因は何ですか?」と聞くが、そういう時には相手は言いにくそうに、
「えっと……、実はですね、自殺でして……、え? 方法ですか? えーっと、これは守秘なんですが、縊死(首吊り)で……」
と答えてくれることもある。しかし、こうやって不承不承といった感じで教えてくれた守秘義務がある事実をもとにして、こちらが回答書に、
「うつ病であり、病状的には縊死する恐れが皆無とは言えない」
と答えて良いものなのかどうか……、未だにちょっとした疑問である。


※コメント欄で質問があったので追記。
「精神科患者の変死=自殺」ではない。ウィキペディアによれば、変死体とは「死亡が犯罪に起因するものでないことが明らかであるとは言えない死体」である。今回の場合、警察からは自殺だったかどうかも知らされなかった。「変死した」だけでは、死亡原因と精神科疾患の関連など答えようがないのだ。

祖父の墓

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現時点では、祖父しか入っていないので「祖父の墓」ということになる。

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墓からの眺め。

2014年3月4日

アメリカ陸軍リーダーシップ

アメリカ陸軍リーダーシップ
うーん、期待していた内容とは違った。かといって、得られるものがなかったわけではない。図書館寄贈レベルだが、いつか家族の誰かが読むかもしれないので蔵書しておく。

落ち葉

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2014年3月3日

火星ダーク・バラード

火星ダーク・バラード
火星を舞台にして、人間を人為的にさらなる進化形態にしようとする組織と、それに巻き込まれた人たちの群像劇。前半はちょっと退屈だったけれど、中盤からはグイグイ引っ張ってくれた。

蔵書決定。

ただ、この作者が自著のAmazonレビューで読者と直接意見を戦わせている(これこれ)のを見ると、なんだかゲンナリしてしまう。色々な読者がいて、それぞれの読み方があって、様々な評価があるのが本の世界で、それに逐一反応していたのでは身がもたないんじゃないだろうか。