2014年12月29日

ややこしい「%」 『統計という名のウソ ― 数字の正体、データのたくらみ』

「%」は生活の中で馴染み深いものだが、その扱いや解釈にはちょっとした落とし穴がある。

「ある株価が1990年から2000年の間に50%下がったが、2000年から2010年の間には95%上昇した」
と聞いたとしよう。さて、1990年と2010年の株価は、どちらが高値なのだろう。

1990年の株価を1000円とする。それが2000年までに50%下がれば500円である。そこから2010年までに95%上がれば、「500+500x0.95」で975円となる。1990年の1000円のほうが高いのだ。

いや、そんなこと言われなくても分かっている、という人は良いとして、ちょっとでもアッと思うところがあった人には本書を勧める。

統計という名のウソ ― 数字の正体、データのたくらみ

決して難しい専門書ではなく、統計や数字というものを見る時の心構えのようなものがたくさん示されている。本書を読めば、データを見るのが少し面白くなること請け合いである。

2014年12月26日

薔薇盗人


浅田次郎の短編集。可もなく不可もなく、さらっと読んでそれなりに面白いという感じ。

2014年12月22日

DQNネーム、キラキラネームとは何ぞや!?

DQNネーム(読み方はドキュンネーム。バカがつける名前という揶揄を込めてある。最近はキラキラネームというらしい)があれこれ責められているが、ほぼ全ての書類で名前は「よみがな」を書かないといけないし、苗字ですら読めない人も結構いるわけだし、歴史上の人物をみても読み方がさっぱり分からない人が多数いて、今さらDQNだキラキラだと目くじら立てて言うほどのものかなぁと常々疑問なわけである。

だいたいDQNネームならぬ、キラキラ苗字の人はどうすりゃ良いのよ!? 四月一日、小鳥遊という苗字の人もいるわけで。
「いや、それは珍しいから覚えられる」
というのなら、DQNネームも珍しいから覚えろよ。

だいたい、今や全てがスマホかPC管理。名前がDQNで困るのは登録の時くらいだが、それも名乗るほうが生活するうちに「コハクのコに……」とかなんとか、自分の名前の簡単な登録方法は編み出しているだろう。

もっと言うなら、音読みマンセー、訓読みマンセー、みたいなのってどうなんだろう? 音読みはもらいもの、訓読みは日本の独自製法で、ある意味、訓読みこそDQNネームのはしりみたいなものである。例えば子どもから、普通の日常漢字を指さして、「なんでこの漢字をこう読むの?(訓読み)」と聞かれて答えられる人、ほとんどいないでしょ。

では、どういうのがDQNネームかというと、それは「無理な読ませ方」ではなく、「名前の響き」に対して言うべきじゃないかな。たとえば「運子」とか「悪魔」とかね。

読めないからDQNネームというのは、ちょっと時代が古いかな。

「ひらがな」文化を持ちつつ、名前にあえて漢字を使うのは日本人の「粋」であるし、その流れに逆らって平仮名や片仮名の名前をつけるのも「粋」である。そして、そこからさらに一歩踏み出したのがいわゆるDQNネームだ。「イチロー」が「逆に新しい」なんて言われるのと同じで、DQNネームもいずれ「逆に古臭い」ということになるのだろう。

話は少し変わるが、学生時代に小児科をまわった最終日に出したレポートは「名前について」である。大学病院だから数ヶ月後に亡くなる子がたくさんいて、どんな子も、読みにくかろうと、読めなかろうと、ご両親が一生懸命に考えてつけたはずの名前があった。それぞれ一文字ずつ漢字の意味を調べて、ご両親の願いや祈りに想いを馳せた。家族に寄り添うということの第一歩は、そういうことなんじゃないかな。

<関連>
「陽翔」「莉琉」「惺梛」「心愛凜」 「赤ちゃん名づけ」年間ランキング

統計はこうしてウソをつく-だまされないための統計学入門


同じ人が書いた続編にあたる『統計という名のウソ』のほうが読みやすくて面白かったが、本書も充分すぎるくらいの良書だと思う。

もっともっと読みやすくして、たとえば小学校高学年や中学生くらいでも読み通せるような本ができれば、ぜひとも我が子らに読ませたい。今のところ、そういう本を知らないので自分で教えていくしかないかなぁ、なんてだいぶ先のことを想像している俺であった。

2014年12月19日

色のない島へ-脳神経科医のミクロネシア探訪記


神経内科医のオリヴァー・サックスによる旅行記だが、その旅行はただの観光ではなく病気の調査を兼ねている。

最初は先天性の全盲が人口の5%にも達する島のあるマルケサス諸島へ行き、次は筋萎縮性側索硬化症(ALS。つい最近、アイス・バケツ・チャレンジで有名になった)やパーキンソンと似た症状を示すリティコ-ボディグと呼ばれる病気に関して意見を求められてグアムへ。

旅行記が6割、3割が病気の話、1割がソテツの話(リティコ-ボディグの原因という仮説がある)といった感じ。

2014年12月18日

働かないんじゃない! 出番がないだけなんだ!! 『働かないアリに意義がある』

アリの群れの中には仕事をしない個体が必ず2割いて、その2割だけを取り出してみると、やっぱりその中の2割が仕事をしない。

そんな話を聞いたことがないだろうか。その逆もある。つまり、働き者の8割だけを取り出しても、全員が働き者になるわけではなく、その中の8割だけが仕事をする集団になる、といったものだ。

2割、8割といった数字は正確ではないにせよ、確かにアリの世界では働き者と怠け者が必ずいるようだ。ではなぜそういうことが起こるのか。どういう仕組みになっているのか。それを本書が教えてくれる。


働き者の代名詞にもなることがあるアリだが、なんと驚いたことに、実は7割のアリは巣の中にいて何もしていないそうだ(働かないアリは2割どころではない!)。また生まれてから死ぬまで働かないアリもいるのだとか。なぜそんな働かないアリがいるのかということの説明として、『反応閾値モデル』というのがある。

アリには刺激に対する反応閾値(これ以上の刺激があったら反応する)があり、その閾値が個体ごとに少しずつ違う。これを筆者は人間集団と部屋の散らかり方で説明している。きれい好きな人を10人集めれば、ちょっとでもゴミがあったら拾わないと気が済まない人と、少しくらいのホコリなら平気という人がいる。その結果、超キレイ好きな人がサッと部屋を片づけるので、多少のホコリには目をつぶる人たちの出番がない。そんな出番のない人たちを10人集めたら、やっぱりその中でキレイ好きのレベルが違うので、出番のない人たちが出てくる。

アリの世界も同様に、「働かないアリ」というよりは「出番がないアリ」が一定数いるということである。

この話以外にも、アリの群れがエサ場までたどり着く最短経路を見つけ出す方法の話も面白かった。発見者の出したフェロモンを正確に辿るより、道を間違う個体がいるほうが、何往復もするうちに徐々に最短経路に近づいていくのだ。間違える者がいるから正解に近づけるというのは、精神科診療でも活かせる場面がありそうな気がする。

とまぁ、そういうことが書いてある前半は読みやすかったが、遺伝の話なども出てくる後半はちょっと取っつきにくかった。

それでも金を払う価値はある本だと思う。

2014年12月3日

コットの意味は?

ある日、看護師からの指示伺いで「コットが3日ありません、下剤の処方をお願いします」というのがあった。文脈でコットは大便のことだろうと分かったのだが、大便のことをコットというのを初めて聞いたので驚いた。

他の看護師を何人かつかまえて、
「コットって何のことか知ってます?」
と尋ねたら、みんな当たり前のような顔をして、
「便でしょ」
と言う。

医学部の学生時代に、
「何の略か知らずに略語を使うな。元の言葉を知らずに外来語を使うな」
という指導があったので、こういう時はまず調べる。すると、ドイツ語「kot」のことだった。

医師の使う言葉も英語・ドイツ語・日本語のチャンポンだが、看護師も似たようなものらしい。

雨あがりの朝に

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蜘蛛と雲によって織りなされたコラボレーション作品。

早朝、その見事な作品を見て、すぐに家からカメラを取り出して撮影。

2014年12月2日

慢性疾患では、維持期にこそ医師の力量が問われる

慢性疾患をあつかう医師の力量の差は、穏やかな維持期をどれだけ良好に長く保たせるかにこそあらわれる。たいがいの慢性疾患において、急に悪くなった時の治療というのはある程度パターン化されていて、一定レベル以上の医師であれば誰がやっても治療成績にそう大差はない。

例えば、精神科での慢性疾患の代表である統合失調症の場合、ある程度の経験さえあれば急性期の治療はそう難しくはない。精神科医の腕の見せ所は、急性期から回復し退院した後に、どれだけ長く穏やかな日々を保たせるかにある。通常、新人がいきなり外来を任されることがないのは、「維持期の維持」が一見漫然としているようで、実は高度な診療であることの証左であろう。

テレビやマンガで扱われるのは、どちらかというと救命救急のような急性期を見事に切り抜ける医師たちの姿である。しかし、多くの医療現場ではむしろ、「維持期をいかに長く保つことができるか」が大切になる。医師と患者の信頼関係を基底にして、生活指導、処方の調整、短期入院などの適切な介入を絶え間なく行ない続けるのだ。

ただ、こういう日々のコツコツした積み重ねというのはドラマチックではないので、あまり表に出ることはない。医療というのは、患者や家族には見えない水面下で驚くほど足をバタバタさせているものなのである。

シャボン玉、空へ

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子どもの時、大人になってから、そして親になってからとで、自らのシャボン玉を見つめる眼差しというか、想いというか、そういうものが少し変化していることに気づく。

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シャボン玉は、ため息も祈りも、脆く優しく包み込んで、空へとのぼる。
日常に少し疲れたら、シャボン玉を買って飛ばしてみると良いかもしれない。

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シャボン玉の行く末を見届けたなら、さぁ、とりあえず一歩。

降霊会の夜


浅田次郎の長編小説、というより主人公がふとしたことから参加することになった降霊会を中心にした中編を二つ組み合わせたような感じ。

降霊会ということでオバケものかと思わせ、確かにオバケが出てくるのだが、中身はホラーでもなければオカルトでもなく、人間による人間くさい話。

読み耽ってしまい、あっという間に読み終えた。

単行本のレビューも参考に。

2014年11月28日

わが息子よ、君はどう生きるか

本好きな人には、本の神様が良い出会いを用意してくれているのかもしれない。

高校に入学して、1学期の試験成績はクラスの下から3番目くらいだった。決してレベルの高い学校ではなかった。長年、県内の公立高校のすべり止めだった私立高校で、これから進学校になっていこうとしている時期だった。俺の入った進学クラスは3期生、つまりまだ卒業生はおらず、進学クラスの実績がどうなのか分からない段階だった。そして同級生は公立高校の真ん中より少し上くらいの人が多かった。そんな中での下から3番目である。ただ、国語の成績だけは1位だった。

「俺はこんなハイレベルなところではやっていけない」
そう思って、母に塾に行かせてくれと頼んだことがある。ところが国語の先生でもある担任が、1学期終わりの三者面談の時に、
「これだけ国語ができる子は伸びますよ」
と言っていたものだから、母はその言葉をまるっと信じてしまった。それに、
「もし成績が伸びなくても、大学附属の高校なんだから、最低でもあそこには入れるよ」
と暢気なものだった。それからすぐに出会ったのがこの本。

わが息子よ、君はどう生きるか
生まれて初めて出会った自己啓発本で、読みふけって、感銘を受けて、あっという間に読み終えて、書いてあることを素直に実践したら、2学期の成績はクラス2位になった。1位の友人は現役で国立医学部に入った。

この本に出会わなければ、今の自分はないと断言できる。

2014年11月27日

船の上から

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2014年11月26日

鉄の骨


池井戸潤の小説。建設会社の若手サラリーマンを主人公にした群像劇で、テーマは談合。それにミステリの要素が少し入っている。672ページという分厚いモンスター文庫だが、文章量は決して多くはなく、また難しい話でもないので、読み進めるのが苦になることはない。

池井戸の描く銀行員や会社員を見るたびに、脱サラして良かったと思う。俺には競争が向いていない……。

2014年11月25日

カニ

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2014年11月21日

海のような空

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空と海は、きっと兄弟なのだ。

2014年11月19日

ヨダレを垂らす竜

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2014年11月18日

仕事は楽しいかね? 2


すべての自己啓発本は「ヒント集」である。そこに正解は書いていない。ヒントを集めて、自分なりの正解を導き出すしかないのだ。

本書のテーマは、

『良い上司になるには? 良い部下になるには?』

前作に引き続き、二人の会話のやり取りがメインで、たくさんのヒントがちりばめられている。

裏庭からの朝焼け

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その日によって違う表情。

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2014年11月17日

とんび

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2014年11月14日

抗てんかん薬エクセグランの処方意図が判明‏

ある女性が脳出血で他院に運ばれ、手術は受けず保存的に治療された。その後、リハビリ目的で当院内科に転院した。そして、その病棟でひどいせん妄があったため精神科に紹介されてきた。

処方を見ると、転院前の病院で抗てんかん薬のエクセグランが開始されていた。本人や家族、看護サマリなどを詳しく調べてみても、彼女にはてんかん発作の既往がなかった。エクセグランはせん妄などの精神症状を起こしやすい。そこで思いきってエクセグランを中止すると、速やかにせん妄が治まった。

てんかんではないのにエクセグランを処方されていたのかが疑問で、それはこのブログにも書いた。
抗てんかん薬を予防的に投与するのが正しいのかどうか

ちょっと前、薬の本を読んでいたらエクセグランの項目に、
脳保護作用は、脳外科手術後にも一般的に使用される程度に認知されつつある。
という記載を見つけた。なるほど、そういう理由だったのかと腑に落ちた。とはいえ、せん妄などの精神症状を起こすこともあるのだから、脳保護作用を期待する場合には少量から経過をみながら増量すべき薬だろうし、著しいせん妄を起こしながら飲み続けるほどのメリットはないように思える。

エクセグランの脳保護作用はわりと強力のようなので、せん妄その他の精神症状が起こらない限りにおいてメリットは大きそうだ。

夕映え天使


浅田次郎の短編集。面白かった。その他、あまり書くことがない。

2014年11月10日

エボラと野焼きと複雑系

野焼きをしたことがある人なら分かると思うが、小さな火が風もないのにどんどん燃え広がっていくこともあれば、風に吹かれて一瞬だけ大きく燃えたあとはすぐに鎮火してしまうこともある。風の向きと勢い、草の分布や乾燥具合、その他たくさんの因子が絡まりあって、火の勢いや広がりかたを決めるのだろう。

個々の要素に分けて考えれば、東から風が吹けば炎は西に向かうし、風が強ければ火は拡がる。草の分布の多いほう、乾燥しているほうが燃えやすいだろう。ところが、いろいろな要素が絡まると、予想と結果がぜんぜん違うということがある。そんな姿を見ていると『複雑系』という言葉を思い出す。
複雑系とは、相互に関連する複数の要因が合わさって全体としてなんらかの性質(あるいはそういった性質から導かれる振る舞い)を見せる系であって、しかしその全体としての挙動は個々の要因や部分からは明らかでないようなものをいう。
Wikipediaより 
エボラ・ウイルスは5種類あり、それぞれザイール、スーダン、コートジボワール、ブンディブギョ、レストンといった具合に、最初にウイルスが分離された地名が名づけられている。そしてそれぞれが、これまで数回にわたって小規模流行を起こしているが、いずれも局地的なもので終わっていた。今回のエボラ大流行の原因はいろいろと考察されているが、実際のところは野焼きと同じで、きっとさまざまな要因が少しずつ影響しあって、結果として今のような大惨事になっているのだろう。

<関連>
歴史は「べき乗則」で動く-種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学

野崎まど劇場


なるほど、こういう小説の書き方もあったか、という新しさを感じる本。あまりにぶっ飛んでいるので、合わない人にはまったく合わないと思う。俺はかなり笑いながら楽しめた。

2014年11月7日

鬼に喰われた女


平安時代を舞台にした、エロチックな10の怪異譚。特別に面白いということもないが、エロスっぷりはなかなかだった。

セルフ・シャドウ・ポートレイト

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数週間に一回、近所の工場から漏れる強烈な光で。

2014年11月6日

ようこそ、我が家へ‏


主人公は50代の銀行マン。電車で割り込み乗車しようとした男を注意したところ、さまざまなトラブルに巻き込まれることになり、同時に仕事のほうでもつじつまの合わない出来事があり……、という現実にありえそうな怖い話。男性のプライベートと仕事の両方で起こるトラブルをバランスよく描いている。

面白かった。

2014年11月5日

明日の幸せを科学する


面白かったけれど、具体例を挙げる時に必ず一つアメリカン・ジョーク(?)を入れてくる。このあたりを受け容れきれるかどうかで評価が分かれそう。

2014年10月25日

悟空とアンパンマン、そして……

悟空とクリリンが旅をしている。
「もうだめだ、ハラが減って、リキが出ねぇ」
「おいおい悟空、こんなとこでヘバってどうすんだよ、亀仙人さまの家はもうすぐだぞ」
「だってクリリン、オラ、ハラペコだと動けねぇよ」
「しょうがないなぁ……」

空をアンパンマンが飛んでいる。
「困っている人はいないかなぁ……、あっ、お腹を空かせている子がいるぞ」

「!? クリリン!! すげぇ気が近づいてくるぞっ!!」
「だだだ誰だ!?」

アンパンマン、着地。
「こんにちは、ぼく、アンパンマンです。お腹がすいているんだね。僕の顔をどうぞ」
「おめぇ……、顔ちぎって痛くねぇのか?」
「ふふふ、ジャムおじさんのパンは美味しくて元気が出るんだよ」
「(質問に答えてねぇな……) !?」
「悟空……、こいつの気が……」
「あぁ、小さくなっちまった……」
「ぼくは、顔が欠けると力が出なくなるんだ」

そんな3人を陰から見つめる男2人。
「コマツ、ついに見つけたぞ!」
「トリコさん!!」
「あぁ、最高のアンパンだ」
「捕獲レベルは?」
「噂では1万を超えると聞いていたが……、今なら3ってとこか」

「!? クリリン、あっちにもすげぇ気が」
「あぁ、分かってる」
「ふふふ、君たち、強そうだねぇ。ところで、気ってなんのこ……」
「100連釘パンチ!!!」
コロコロコロコロ……。
「あっ、アンパンの顔が!! おめぇ、なんてことしやがる!!」
「ぼくたち、最高の食材探しをして旅をしてるんです」
「食材って、おめぇ……」
「あ、申し遅れました。ぼくは料理人のコマツで、この人は美食ハンターのトリコさんです」
「コマツ、お前の腕前、見せてやれよ」
「はいっ」

30分後。
「いただきます!!」
「うめぇぇぇぇぇぇ!!」
「やっぱコマツにかかると、食材のパフォーマンスが100%引き出されるな」
「(いや、アンパンちぎって食べてるだけじゃねぇか)」

そんな4人と食材を遠くで見つめるバイキンマン。
「(ガクガクブルブル)ハヒフヘ震える……。ヤバいって……。ジャムおじさんに知らせなきゃ……」

バイキンマンからの報せを受けて、アンパンマン号で駆けつけるジャムおじさん、バタ子、チーズ、食パンマン、カレーパンマン。

「アンパンマン、新しい顔よ!!」
♪テッテレテレッテッテー、テテテ、テッテレレ、テッテレレ、テー♪
「元気100倍、アンパンマン!!」

「悟空!! アンパンの気が!!」
「あぁ、分かってる。オラ、わくわくしてきたぞ」
「トリコさん……」
「捕獲レベル1万か……、コマツ! さがってろ!!」



悟空、クリリン、トリコ vs アンパンマン、食パンマン、カレーパンマン



八奈見乗児 「こうして、ジャンプ対フレーベル館の熾烈な戦いが始まるのだった」

決められない患者たち‏


非常に面白かった。医師にも一般の人にも勧めたい本だが、1冊3500円はあまりに高い。よほど本好きで興味がある人でないと買わないんじゃなかろうか。とても良い本なだけにもったいない。

2014年10月24日

デング熱対策のために遺伝子組み換え蚊を導入!?

デング熱を媒介するネッタイシマカへの対策として、遺伝子組み替えを受けたオスの蚊(GM蚊)の話がラジオで取り上げられた。これはイギリスのバイオ関連企業オキシテックが開発したもので、この遺伝子組み替え後のオスと普通のメスとが交尾すると、孵ったボウフラは成長できずに死滅するのだ。これを紹介していた人は、海外では次々と導入されているもので、日本でも早急に取り入れるべきだと言っていた。

これは怖い。いや、怖いというより、少なくともデング熱を意識した対策としては、リスクとベネフィットが釣り合っていない。遺伝子組み替えをした蚊を解き放った後、蚊の激減が生態系にどのような影響を与えるかも未知数であるし、その他どういうことが起こるのか分からない部分が多すぎる。

蚊が媒介する病気には死亡率の高い日本脳炎をはじめ、セントルイス脳炎ウイルス、マラリア、その他あれこれたくさんある。それぞれで年間の発生数、不顕性感染(感染しても症状が出ない)の割合、死亡率などが異なる。こういう要素を考慮に入れて、GM蚊を野に放つリスクより、蚊を大幅に減らすことのベネフィットが勝ると判断できれば、この方法は推奨できる。ただし、徹底的に吟味したうえでの判断でも、50年後、100年後に「あれで正しかった」と評価されるかは分からない。

少なくとも日本におけるデング熱対策としては、このGM蚊の導入はやりすぎであり、危険だ。仮に重篤といわれるデング出血熱でも、死亡率は1%。それも、あるタイプのデング熱に感染し、回復した後さらに別のタイプのデング熱に感染することで発症するのだから、日本でデング出血熱を発症するのは稀中の稀である(頻度としてはデング熱患者10万人のうち出血熱になるのが250人。そしてそのうち、死亡するのが2-3人)。これがたとえ死亡率の高い日本脳炎(媒介はコガタアカイエカ)の対策だとしても、やはりリスクとの釣り合いが取れていない。国内での日本脳炎の発症者は2013年に9人で、ワクチンもあるのだから。

東南アジアなど、蚊による感染症が猛威を振るっている地域で導入するならまだ理解できるが、それでも、もしかすると蚊が生態系でキーストーン的な位置を占めている可能性だってある。蚊が激減した変わりに、もっと有害な生物が大繁殖しないとは誰も言い切れないのだ。

<参考>
Wikipedia 不妊虫放飼 ネッタイシマカ対策

精神療法は完璧な人を作ることを目的にしてはいない

人工産物である精神療法は、まぁまぁ生活できるようにすることを目的にしており、完璧な人を作ることを目的にしてはいない。人は、実人生の経験を通して成長するのが自然である。
神田橋先生の本『対話精神療法の初心者への手引き』より。

2014年10月23日

「平均」の難しさ 『統計という名のウソ ― 数字の正体、データのたくらみ』

このブログの読者であれば、一般的な「平均」の計算は分かるだろう。

社長も含めた従業員が100人の会社があるとする。労働者は90人いて年収200万円のブラック、管理職は9人いて年収1000万円、社長は年収1億円とすると、この企業の「平均年収」は370万円になる。企業の90%の社員が年収200万円なのに、平均は370万円になるのだ。こういう場合の平均(相加平均)はあまりあてにならない。

そこで中央値を見ることにする。これは少ないものから順に並べて、真中のものを選ぶのだ。そうすると、この企業の場合、50番目と51番目はいずれも年収200万円だから、中央値は200万円ということになる。これは確かに実情に近い。そのかわり、ここでは搾取している側の年収1000万円と1億円という情報が失われる。

このように、「統計」というのは「まったくの真実」ではなく、「誰が、どんな意図をもって、いかなる基準で選んだものをどういう方法で数え、さらにどうやって提示するか」といったことに大きく左右される。そこには上記のように失われる情報が必ずあるということだ。

統計という名のウソ ― 数字の正体、データのたくらみ

統計に関する良書である、と書くと、なんだか難しそうな本だなぁと思われそうだが、そんなことはない。難しい式や概念はほとんど出てこない。そういう専門書ではなく、統計・数字というものを見る時の心構えのようなものが示されている。

2014年10月22日

アメリカがエボラと国内でガチンコ勝負するのは、実は2度目である

今回のエボラ流行において、アメリカではリベリア帰りで体調不良を訴える男性に抗生剤を処方して帰宅させたり、その男性の看護にあたった看護師が2名感染したり、さらにはそのうち1名が発熱しているにも関わらず飛行機に乗ったりと、一歩間違うとシビアな結果になったかもしれないエラーがいくつかあった。アメリカ国内において、今後も似たようなエラーはあるかもしれないが、きっとその都度システムを修正して穴を塞いでいくのだろう。実際、今回もわりと素早く見直しが行なわれているようだ。

実は、アメリカが国内でエボラと対決するのは今回が初めてというわけではない。エボラの5種類のタイプのうち、レストン・エボラ(以下、レストン株)というのはアメリカ国内で発見されたエボラウイルスで、レストンというのはそのウイルスが見つかったワシントン郊外の街の名前である。

アメリカがレストン株と戦ったのは、1989年のことである。レストンの街に、モンキー・ハウスという建物があった。海外から輸入されたサルに感染症がないかを確認するために、一定期間モンキー・ハウスで保管するのだ。そしてそこでサルたちが大量に死亡したため、陸軍の研究所が調べた結果、エボラ株の中でも最凶のザイール・エボラ(致死率90%)に酷似したウイルスによるものだと判明した。

結論から言えば、これがレストン株であり、後々の調査で人間への病原性はないと分かったが、当時の軍関係者とCDC(アメリカ疾病予防管理センター)の職員はそんなことは知らない。目の前に、ザイール・エボラか、それに似た凶悪なウイルスによるサルの大量死という事実だけがあったのだ。この時点では、関係者の多くが人間への感染・流行を想定していた。まさにエボラとのガチンコ勝負であり、非常に危険なバイオ・ハザードとして、防護服を着た獣医や軍人がモンキー・ハウスを厳重警戒で完全消毒(生き残っている大量のサルを安楽死させることも含む)したのである。またこの際、マスコミ報道によるパニックを避けるため、現地までは私服で移動するといった小さな工夫も施された。

国として、この経験は大きい。

今回のアメリカでのエボラ騒動は、ヒトでの犠牲者こそ初めてだが、アメリカとしては2度目の戦いということになる。そんな経験者であるアメリカにおいてでさえ、最初に述べたようなエラーが起こるのだ。エボラ初体験の日本でエボラが発生した場合、マスコミによるパニック誘発も含めたエラーは必ず起こると考えておいたほうが良い。「完璧にやれば完璧に対処できるシステム」というのは、「完璧にやれば」という前提が崩れると脆い。そうではなく、エラーを吸収できるようなふところの広いシステム、つまり「多少のエラーがあっても結果は完璧になる」というのが理想である。今のところのアメリカのシステムは、犠牲者が1人出たものの、うまくエラーを吸収しているように思える。

ホット・ゾーン-「エボラ出血熱」制圧に命を懸けた人々

こんな小説を書く人がいたのか!! 『know』


こんな小説を書く人がいたのか!!

少し前から気になっていた小説家だが、amazonで見る限り評価はけっこうバラバラだし、当たりハズレがあるタイプの作家なのかもしれないが、少なくとも本書は当たりだ。

念のために書いておくと、近未来の日本を舞台にしたSF小説である。時どきSF小説を毛嫌いか読まず嫌いしている人がいる。実は俺もそうだったが、実際に読んでみると、舞台をSFにしただけで、本質的には人間を描いている小説が多いことに気づかされた。良いものですよ、SFも。

オススメ。

2014年10月21日

感染宣告


2009年2月、東京・新橋にあるマンションの一室で、HIV感染者が集まる乱交パーティーが開かれると聞いた。

この衝撃的な一文から始まる、石井光太のルポタージュ(?)である。クエスチョンマークを付けたのは、一人称小説のような書き方をされている部分もあることと、もともと石井のルポには「ちょっと話を盛ってない!?」と言いたくなるようなところがあるからだ。

とはいえ、本書の面白さに変わりはない。読んで良かった。

2014年10月20日

人間の尊厳 - いま、この世界の片隅で

人間の尊厳 - いま、この世界の片隅で
フォト・ジャーナリズムの面白さを再認識した。

もともと19歳でカメラを始めたのは、長倉洋海の新書『フォト・ジャーナリストの眼』でフォト・ジャーナリズムの世界に憧れたという理由もある。昔から絵は苦手だったが、文章を書くことは大好きだった。そんな俺にとって、写真を撮ってそれに文章を加えるフォト・ジャーナリズムは、新鮮かつ魅力的に思えた(当時はネットもないし、今ほどフォト・ジャーナリストがテレビに出ることもなかったのだ)。

今回、改めて写真と文章の融合で伝えることの凄さを感じた。自分には、長倉洋海や本書の著者である林典子のような根気や度胸はないので、とうていフォト・ジャーナリストになんてなれなかっただろうが、久しぶりに胸が高鳴るような読書だった。

2014年10月17日

高熱隧道


吉村昭の「小説」である。読み終えるまでずっとノンフィクションだと思っていたが、ブログを書く前に調べて知った。史実に基づいてはいるものの、登場人物・団体は仮名とのこと。

どうりで……。

「実際に現場を見たかのような迫真の描写」

というのをここでの紹介文句にしようとしていたくらいなのだが、「小説」であれば吉村昭の脳内で実際に繰り広げられた場面であり、それを吉村昭の筆力で描けば迫真性があるのは当然のことであった。

一気読み。

余談ではあるが、隧道はズイドウと読む。

2014年10月14日

音楽と人間の脳の不思議なつながりを感じるエピソード

4歳か5歳のころ、保育園でバスに乗って遠足に出た。同伴した親らが、バスのマイクで童謡や歌謡曲を歌っていると、子どもの誰かが泣き出した。それを大人たちが一生懸命になだめていた。
「そんな泣かなくても良いのよ、哀しい歌じゃないのよ」
それは、こんな歌い出しだった。

「春を愛する人は心清き人」

曲名は今調べて知ったのだが『四季の歌』。確かに歌詞は決して哀しい内容ではない。



5歳の子どもに感じとれたのは、短調の音楽のもつ悲しい響きである。このことを思い出すたびに、音楽の持つ力、というか、音楽と人間の脳との不思議なつながりが面白く感じられる。

音楽嗜好症(ミュージコフィリア)―脳神経科医と音楽に憑かれた人々

2014年10月10日

パインズ -美しい地獄-


今年3月に邦訳されたばかりのアメリカ人作家による小説。
前知識がまったくなくて読むほうが面白いと思うので、amazonの紹介文だけを引用しておく。
川沿いの芝生で目覚めた男は所持品の大半を失い、自分の名さえ思い出せない。しかも全身がやけに痛む。事故にでも遭ったのか……。やがて病院で記憶を回復し、みずからが捜査官だと思い出した男は、町の保安官や住民に助けを求めた。だが、この美しい町パインズはどこか狂っていた。住民は男が町から出ようとするのを執拗に阻み続け、外部との連絡にも必ず邪魔が入る――絶対予測不能の衝撃のラスト!
日本語として変な訳もなく読みやすかったし、内容的にも面白かった。訳者あとがきによると、シャマラン監督によってドラマ化されるらしい。確かにテレビドラマに向いているような展開だった。

2014年10月8日

ルポ 最底辺 不安定就労と野宿

ルポ 最底辺 不安定就労と野宿
著者は、同志社大学に在学中から釜ヶ崎へ出向いて野宿者へのボランティアを始め、また自ら日雇い労働に従事してみて、野宿者らの支援を考え続けている。そんな著者だけあって、かなりしっかりした文章である。

が、しかし、である。

もう少し個々の野宿者の生活歴に迫って欲しかった。時おり記述があるものの、それは著者自身のものではなく引用が多かった。もう少し個人にスポットを当てたものが読みたかった俺としては若干不満の残る読後感。

2014年10月7日

カシオペアの丘で

カシオペアの丘で 上

不思議なものだ。

この本はもう5年程前に買って、ずっと本棚に置きっぱなしだった。いい加減に読もうと思ってページを開いて驚いた。主人公は39歳、俺と同じ歳だった。それから舞台となる季節が初秋から冬で、本を読み始めたのが9月17日。

そういえば、重松さんの『かあちゃん』では、話の軸となる主人公の母親が還暦で、俺の母もその本を読んだ年に還暦を迎えた。あの時も本と自分との不思議な縁を感じたものだった。

本好きには分かると思う。
本とのこういう出会いは、決して珍しくないのだ。

夜の洗濯物

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2014年10月6日

静かなマウスが心地いい

午前4時過ぎから活動開始することもある超早朝派の俺にとって、マウスのクリック音はけっこう気になることだった。そこでネットで調べて見つけたのがコレ!!

ものすごーく静か。さらに素晴らしいのが、位置読み取りのブルーLED。我が家のノートパソコンは、真っ白なテーブルの上に置いてある。これまでの光学マウスでは反応がかなり鈍かったので、仕方なくその辺のチラシなどをマウスパッドがわりにしていたのだが、このマウスはそのテーブルの上でもスムーズに動く。これは感動もの。

2014年10月1日

潜水服は蝶の夢を見る

潜水服は蝶の夢を見る

脳出血によってロックトイン・シンドローム(locked-in syndrome)となってしまったフランス人男性が「書いた」本。彼は雑誌『ELLE』の編集長だったが、43歳の時に突然脳出血を発症したのだ。

ロックトイン・シンドロームは、顔面や四肢が麻痺して発語不能になる。意識障害ではなく運動障害で、意識が体に「閉じ込められた」状態になる。まばたきや垂直方向の眼球運動による意志疎通は可能だ。「はい」ならまばたき1回、「いいえ」なら2回といった具合に。

この本は、著者が20万回以上のまばたきで書き上げたものらしい。どうやるかというと、アルファベットをフランス語で頻繁に使われる順に並べたものを用意し、聞き手が1文字ずつ確認していくのだ。そして著者が意図した文字に来たところでまばたきをする。

なんて気の遠くなる執筆活動だろう!!

著者はフランスで本が発売された2日後、感染症による合併症で他界したそうだ。2冊目を「執筆」する予定もあったらしい。本書が面白かったかどうかというより、そのバイタリティに胸を打たれた。

2014年9月30日

コカ・コーラ伝説

1981年、コカ・コーラがソフトドリンク市場でシェア45%を達成した時、浮かれ騒ぐ経営陣に対し、当時のCEO、ロベルト・ゴイズエタはこう尋ねた。
「人間が一日で必要とする水分量は? 世界の人口は全体でどれくらい? それから、ソフトドリンク市場ではなく、飲料市場全体でみた時のコーラのシェアは?」

コーラは2%だった。

こうして、1981年に43億ドルだった同社時価総額は、ゴイズエタが亡くなる1997年に1520億ドルにまで成長した。ものの見方を少し変えるだけで、潜在市場、成長のチャンス、士気といったものを掘り起こすことができるのだ。

余談ではあるが、ベルリンの壁が崩壊した時、現地ではコカ・コーラ社が無料でコーラを配った。テレビ各局は東西ドイツの合併に歓喜する人たちの映像を何度となく発信したが、自由主義の勝利に笑顔で興奮する彼らの手には、コカ・コーラが握られていたというわけだ。こんな広告戦略、凄すぎる。

選択の科学

上記のエピソードは、この本で紹介されていた。それ以外にも残酷だけれど興味深い動物実験の話(とても残酷な動物実験の話をしよう 『選択の科学』)なども紹介されていて、面白い本だった。

<参考>
読んではいないんだけれど、本書で紹介されていた本。
コカ・コーラ帝国の興亡―100年の商魂と生き残り戦略