2013年11月29日

ひぃじぃじの一周忌

IMG_7309
平成25年10月19日、義祖父の一周忌が行なわれた。

IMG_7312
ピースのつもり(笑)

鷲の驕り

鷲の驕り
特許を題材にした国際経済小説。舞台は1990年後半で経済小説として読むにはやや古い気もするが、全体を通してみるとそこまで古臭さを感じないのは、さすが評判が高いだけのことはある。前半やや退屈なのかと思わせつつ、少し読み進めればどんどん面白くなり、終盤ではそれぞれの思惑が1ヶ所に集まってちょっとしたスパイ小説という感じになる。苦手な群像劇ではあったが違和感なく楽しめた。
こういうのが好きな人にはお勧めだが、経済小説なんか読む気もしないという人には退屈かもしれない。
とはいえ図書館寄贈。

2013年11月28日

まだまだ一人で滑れない

IMG_6849

IMG_6853
元気よく登るんだけど……、

IMG_6854
一人では滑れない(笑)

IMG_6855

2013年11月27日

輸血は怖いものなのです(宗教は関係なく)

HIVに感染した献血者の血液が、検査をすり抜けて患者2人に輸血され、そのうち一人に感染が認められたことが明らかになった。これに対する世間の反応は大きいが、いずれも「輸血のリスク」を日頃いかに過小評価しているかということがあらわれている。

医師であれば、輸血のリスクは医学部で徹底的に教わる。もしもHIVや肝炎ウイルスなどの検査方法が、科学の奇跡で偽陰性(今回のように、本当は陽性なのに結果が陰性になる)が完全に0%になったとしても、それはあくまでもすでに知られている病原体がないというだけであって、未知のウイルスがいないとも限らないのだ。それに、偽陰性が0%になるなんてことは今後もありえないので、どんなに検査精度を高めてもHIVや肝炎ウイルス感染のリスクはゼロにはならない。

また、HIV、肝炎ウイルスに関しては確実に感染していないと分かっている血液を用意して、輸血を受ける側と輸血用血液の血液型が完全に一致していたとしても、輸血後にアレルギーやアナフィラキシーが起こる可能性はある。中にはそれが致命的な結果につながることもある。

輸血というのはこれほどに怖い医療介入であり、だからこそ手術ではなるべく輸血をしないで済ますよう必死なのだ。決して輸血用血液が高い(例えば赤血球濃厚液であれば、400mlで約1万6000円)から節約しているというだけの話ではない。

このように輸血は怖いと主張すると、エホバなどの宗教に関係していると誤解されそうだが、俺は無宗教であり、自分も家族も必要とあらば輸血は受ける。ただ、今回のニュースに関して、多くの人の反応の根底に「輸血は安全」だという誤解が見受けられたので、こうして輸血について書くことにした。

「検査が杜撰」という意見については、最初に書いたように偽陰性がゼロになることは絶対にない。また20人分の血液をまとめて検査して、陽性が出たら各人を調べ直すという方法は決して手抜きではなく、むしろ統計的に理にかなった方法である(このあたりを詳しく簡単に知りたければ、『リスク・リテラシーが身につく統計的思考法』という本がお勧めである)。確かに1人分ずつ個別に検査するほうが精度は高い、が、しかし、費用も高い。20人まとめて検査する今と比べて20倍の費用がかかるとまでは言えないが、それなりのコストになるだろう。現在、輸血パックの値段は、例えば赤血球濃厚液なら400mlで約1万6000円、今回問題となっている新鮮凍結血漿だと240mlで約1万7千円する。これが高すぎると思うなら、今以上に手間のかかる検査は望むべくもない。

「感染しているのに献血するな」とか「検査目的の献血は最悪」とかの怒りはよく分かるが、いずれも今回の事故についての本質からはズレてしまい、今後の改善にはつながりそうにない。献血時に感染を知らない場合もあるし、そもそもこの献血者が感染を自覚していたかどうか不明だ。感染を自覚したうえで献血する「バイオテロ」的なことをやる人がいないとも限らないが、そこまで恐れだしたらキリがない。

また、検査目的の献血は確かによくない。検査目的ということは、すなわち「身に覚えがある」ということだ。偽陰性が絶対にゼロにはならないことを知っていれば、「身に覚えのある人」の献血が増えることで、今回のような重大事故が起こりうるということが分かる。ただ、今回の男性の献血は検査目的だったかどうか今のところ明らかではないので、検査目的での献血と決めつけて責めるのは間違っている。

「検査目的の献血を減らすために、献血者に検査結果を知らせなければ良い」
ある医療サイトで見かけた意見で、これは一瞬だけ納得しかけたが、果たしてそれは全体としての事態をいい方向に導くのだろうか。もし今回の献血者にHIV感染の結果を伝えなければ、彼は自分が感染していることを知らないままで、他者と無防備なセックスをするかもしれない。また再び献血に行くかもしれないし、それが運悪くまた「偽陰性」にならないとも限らない。

検査目的の献血や、結果の本人への通知に関しては、
「検査目的かもしれないが、かなり低い偽陰性のリスクに対して、ある人がHIVに感染しているということを自覚することが公衆全体としての利益にはなる」
と考えるか、それとも、
「検査目的による献血での偽陰性の結果は重大だから、たとえ公衆全体としては不利益になるかもしれなくとも、検査結果は献血者に知らせないことにして検査目的の献血を減らすほうが良い」
と捉えるかだ。これについて俺は前者を支持するが、感情的には後者も充分に理解できる。

最後に、厚労省は「検査目的で献血した可能性が高いとみている」(毎日新聞)ようだが、献血者に直接に問いただしたわけでもない段階でこういうことをコメントするのもおかしいし、上記した献血・輸血にまつわるいろいろな問題から国民の目をそらして、献血者個人が悪いかのように印象操作しているように見えて胸くそ悪い。

【追記】
日本赤十字社によると、
「現在、日本赤十字社では、HIV陽性献血者に対しHBV、HCVのような陽性者への通知は行っていない」ということだが、「感染拡大の防止、感染者の早期治療を促すために必要な措置を講じている」ようで、これは通知・非通知の一体どっちなんだ……。

<参照>
献血におけるHIV検査の現状と安全対策への取り組み
1人がHIV感染=献血血液で60代男性-輸血後、検査で陽性・日赤

エイズウイルス(HIV)に感染した献血者の血液が、日本赤十字社の検査をすり抜けて患者2人に輸血されていた問題で、輸血を受けた60代男性がHIVに感染していたことが26日、明らかになった。輸血後の抗体検査で陽性の結果が出た。厚生労働省の委員会で日本赤十字社が報告した。もう1人の感染の有無は不明。
検査をすり抜けた血液の輸血によるHIV感染が判明するのは2003年以来で、04年に日赤が検査精度を高めてからは初めて。
日赤によると、輸血された2人のうち、慢性消化器疾患を患う60代男性は、10月に持病の手術を行った際、新鮮凍結血漿(けっしょう)製剤を輸血された。輸血前の検査では陰性だったが、今月に行った抗体検査で陽性反応が出た。
もう1人は2月に赤血球製剤を投与された。本人と連絡が取れており、詳しい検査を行う。
献血をしたのは40代の日本人男性。今年2月に献血した際、6カ月以内に同性との性交渉があったが、申告していなかった。
その後11月に献血した際に、採取した血液の検査で感染が判明。日赤が過去の献血歴を調査し、2月の献血の保管検体についてより精度の高い検査をした結果、HIV感染が判明した。
HIVの感染から約1カ月半は、血中のウイルスが少なく、検査で検出されない期間(ウインドー期間)とされる。2月の献血は同期間中だったため、検査をすり抜けたとみられる。この男性は2月より前にも3回献血していたが、日赤は、いずれも感染前で問題はないとみている。(2013/11/26-19:22)
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2013112600551

停電の夜

IMG_6821
平成25年10月8日、結婚記念日であり、妻の誕生日でもあるこの日、なんと停電に襲われた!!(笑)

IMG_6822
怖いって(笑)

IMG_6823

IMG_6824

IMG_6825

IMG_6826

IMG_6831
目が悪くなるよ、ていうか、本さかさまだよ(笑)

IMG_6835

IMG_6837
楽しいひと時でした。

前に停電パーティをやりたいと書いたことがあるが、思いがけない形で停電パーティが実現した(笑)

2013年11月26日

こうして世界は誤解する――ジャーナリズムの現場で私が考えたこと

高校生から20歳くらいまでにかけて、落合信彦に傾倒していたことがある。今の若い人からすると、「え? 誰それ?」といった感じかもしれないが、20年前、1995年頃には若者に対してわりと影響力のある作家だった。結局は、だんだんと胡散臭さを感じてしまい離れてしまったが、高校時代のまだ右も左も分からない時期に、彼の本に触れられたことは幸せだったと断言できる。

落合に影響され、「これからの時代は中東だ!」なんて熱くなっていた俺は、九州大学で第二外国語としてアラビア語を学ぼうとした。でも、現在は分からないが、当時はアラビア語の講座は九大になかった。あっという間に諦めてスペイン語にしたが、ほとんどなんの身になることもないまま終わってしまった。

それでも中東に対しては薄らとした興味と関心が持続していた。そして、医学部一年生の時、2001年9月11日、あの同時多発テロが起きた。家に帰ってテレビを観ていたら、飛行機がビルに突っ込んだというニュースがあっていた。それも2機だ。そのニュースを見た途端、かつて読み耽った落合信彦の本の内容が一気に甦ってきた。
「テロだ……、そして多分……、今から中東が騒がしくなるぞ……」
まだなんの情報もない状況だったが、そう直感した。あのテロの真実が何だったのかはさておいて、確かにそれからの中東は荒れた(もともと荒れてはいたが)。


本書は、オーストラリアから中東へ派遣された特派員が見て体験して感じたこと。翻訳がこなれてないので、正直読みにくかったが、筆者が伝えたいことは分かった。世論は操作されているのだ。それはわざわざ指摘されるまでもなく自明のことなのだが、中東問題に関しては「どう操作されているのか」というところに意識が向くようになった。そしてまた、あとがきに書かれた、
「私もまた読者を操作しているということを、どうか心に留めておいていただきたい」
という一言に、彼の真摯さを感じた。

非常にタメになる本ではあったが、身内に読みそうな人もおらず、読み返すこともないだろうから図書館寄贈。

日曜日の職業実習

131027_135054
「お薬だしときますねぇ」

2013年11月25日

なぜか泣くサクラ

IMG_6811

IMG_6812

IMG_6814
なぐさめても、ダメ。

IMG_6815
マグマグを手渡してみる。

IMG_6817
機嫌、なおる(笑) 喉が渇いていたの?

母の足跡、自分のルーツ 母を連れて上高地へ(7)

平成25年10月12日から同月14日にかけて、母と二人で旅をしてきた。主な目的地は母の思いでの土地である上高地。

そしてもう一つの行き先が、母が高校を卒業してからの二年間を寮生活で過ごしたという、岐阜県にある会社へ連れて行くことだった。

IMG_7169
松本駅前でレンタカーを借りて、高速道路に乗って岐阜を目指した。近いように見えて案外に遠く、太陽はだんだんと沈んでいった。

IMG_7175
当時の寮生活でのあれこれ、例えば「高卒だからイジメられた」とか、そういう話を聞きながらドライブした。周りが大卒ばかりだからイジメられたというわけではなく、その逆である。商業高校卒の母は事務職で、周囲には中卒で肉体労働をしている女性が多かったのでイジメられたのだ。

IMG_7176
そんな母を可愛がり、面倒をみてくれた5歳くらい上の女性がいた。母が「サチコ姉さん」と慕っていた彼女も中卒であった。滅多に人を「美人だ」と褒めない母が、「サチコ姉さんは綺麗だった~」と言う。そして、寮の中でもわりとボス的な存在で、「今で言うスケバン」と母は述懐した(今やスケバンは死語だろうけれど)。サチコ姉さんと母が同郷出身というのもあっただろう。また母は、「イジメられてもへこたれない姿がサチコ姉さんのお眼鏡にかなったんじゃないだろうか」ということも言っていた。そのおかげで、イジメはだんだん下火になった。

IMG_7182
44年前、18歳の母の給料は月に1万8千円だった。母は自動車免許を取りたかった。だが、「結婚前に免許を取るなど絶対に許さん!」という祖父はお金を貸してくれなかった。当時、免許取得には5万円くらいしたそうだ。給料の3か月分である。そんな母の状況を知ったサチコ姉さんは、
「免許は、取れる時に取っときな」
そう言って、なんと自分の通帳と印鑑を母に手渡したのだ。

IMG_7186
「どうやって返済したの!?」
そう驚く俺に、母は、
「うーん、月々少しずつだろうね」
と当時を思い出しながら語った。

IMG_7197
どっぷりと日が暮れてようやく到着した。「三星染整」というその会社は今も存在していた。当時よりも大きく、きれいになっているそうだ。バブル期に変な経営をしなかったのだろう。

IMG_7196
サチコ姉さんは先に書いたように中卒の美人で、そして片目が義眼だった。そんなサチコ姉さんは、母が岐阜にいる間に結婚した。相手は近くの染物屋かなにかの、いわゆる「良いところの人」で、サチコ姉さんにとっては玉の輿と言えるかもしれない。でも、後輩である母を信じて、通帳と印鑑を預けるような気風の良い人だ。それを無防備と笑うこともできるだろうが、義理を重んじ人を裏切らない母の性格を見抜いていたのかもしれないし、誰にでも同様のことをしていたわけではなさそうなので、人を見る目がある女性だったのだろう。それは母の、
「中卒だったけれど、もの凄く努力家で、だからとっても頭が良かった」
という言葉からもうかがえる。

今回の旅は、母の人生を知るうえですごく良いものだった。母の歩いた道は、すなわち俺のルーツでもあるのだから。

みんな、自分の親が若い頃にどこでどうやって生活していて、どんな友だちとどんな付き合いをしていたか、どういう辛いことがあって何を楽しみにして生きていたか、知っていますか? 自分の親が旅行に行けるうちに、観光も予算も度外視で「親の思い出の土地」に連れていく。

親孝行の一つのあり方として、そういう旅をお勧めします。

IMG_7201
三星染整の正面玄関前は、なぜか踏切だった。


昼間の三星染整前をグーグル・マップで。

大きな地図で見る

虹の谷の五月

虹の谷の五月(上) 
面白い! 面白いよ!!

上下巻あわせて900ページを超えるが、とにかく面白かった。出だしのあたりが少しだけ退屈になりそうだtったけれど、全然そんなことはなくグイグイ引っ張って行ってくれた。一人の少年が13歳から15歳になるまでを、少年の視点で描かれているので、複雑な政治情勢や民族紛争に深入りすることもなく、とはいえさすが船戸与一で、フィリピンの中の問題を邪魔にならない程度にちょいちょい織り交ぜてくる。

映画化して欲しいが、如何せん舞台がフィリピンで登場人物もフィリピン人ばかりなので、到底映画化など無理だろう。

蔵書決定。

2013年11月22日

食べマネ

IMG_6786

母を連れて上高地へ(6)

IMG_7140
新島々から松本へ戻る。

IMG_7147
長野の田舎を見つめる母。

IMG_7149

IMG_7160
あれ? 持ち主は?

IMG_7165

2013年11月21日

サクラ、言葉をどんどん覚え、ズボンを自分ではきたがる

IMG_6765
最近の成長ぶりには驚かされる。ある日を境にして、夜寝る時に遊んだりグズったりすることなく、俺と妻の間に入ってきてスッと寝入るようになった。これは寝かしつけの負担が減って大助かり。面白いのが、横になった後、
「ここ!」
と言って自分のお腹を手でポンポンと叩くところ。妻の手をお腹に置いてという意思表示だ。そこに俺が手を置いても、「パパのじゃない」とばかりに外されてしまう。どうも感触が違うらしい。

IMG_6766
出窓やソファに座って、
「ここ!」
と隣をポンポンと叩く時には、そこに座ってという意味だ。一緒に座って、サクラが見ている景色を二人で眺める。
「あれは電気だよ~」
「エンキ!」
「あれはウマ(木馬)だよ~」
「ンマ!」
「あれは時計だよ~」
「オーケィ」
そんな会話をしながら、部屋の中をあちこち指差して過ごす。

IMG_6768
写真は俺の股間に頭を突っ込むサクラ(笑)

言葉の吸収が加速度的に速くなってきて、教えたら教えた分だけ覚えていく感じだ。俺が「足!」と言うと、
「アチ~」
と言いながら、片足を上げる。「手!」と言うと、両手を広げて、
「テ!」
と答える。「お尻!」と言うと、
「オチィ~」
と、腰を少し突き出して自分の両手をお尻に持って行く。

それから、急に自分でズボンをはきたくなったみたいで、昨日は風呂あがりに俺がはかせてあげようとすると、それをひったくって自分で足を通していた。構造がまだまだ把握できていないようで、片方に両足を入れたり、反対側から足を入れようとしたり、あれこれ試行錯誤していた。目立たないように手伝いながら、なんとか自分ではくのに成功。大喜びはしないものの、その誇らしげな顔が印象的だった。

母を連れて上高地へ(5)

IMG_7011

IMG_7014

IMG_7019

IMG_7034

IMG_7044

IMG_7090

IMG_7095

アルゴ

アルゴ [Blu-ray]
面白かった。

ベン・アフレック演ずるトニー・メンデスがカッコ良い。観終わって驚いたのが、なんとベン・アフレックが監督だったということ。そしてネットで検索してさらに驚いたのが、ベンが身長192センチの巨漢だということ(笑) 観ながら体格良いなぁと思っていたんだよね。

実際の脱出作戦とはかなり違うところもあるみたい(参考:映画「アルゴ」が実話とは笑止千万)だけれど、娯楽作品としては非常に出来の良い映画。緊張感で手に汗かいてしまった。