「この坂、一回も足つかんで上りきったら、兄ちゃんがおる」
少年はそう信じて自転車をこぐ。
立ちこぎ。
右足に全体重を乗せペダルを押し切った後、次は左足。
左足はきき足ではないから辛い。
しかし、こらえて、右足へつなぐ。
なんか、単パンがきつい気がする。
パンツがしりの間に食い込んで、めっちゃ気持ち悪い。
ももの前のところが痛うなってきた。
あん時の兄ちゃん、痛かったんやろうか。
気ぃを失っとるって父ちゃんが言うとった。
痛うはないはずじゃって、言うとった。
確かに、ずっと眠っとるような顔しとった。
兄ちゃんはいつも、この坂を一息で上りよった。
オイは途中から自転車おりて押さんと上りきれん。
先に上りきった兄ちゃんは、坂の途中からじゃオイには見えん。
坂のてっぺんで地面に座っとるから。
兄ちゃんは座って、ニヤニヤして空を見とる。
そん顔が少しムカつく。
風が少年の肌をなで、かすかに汗がひいていく。
そして、すぐにまた汗が出る。
いつも、ここが踏ん張りどころやった。
今日はいつもより足が動く。
もうちょっとで上れるぞ。
兄ちゃんは何にぶつかったとや。
トラックか。
葬式で母ちゃんはひどう泣きよった。
父ちゃんは夜中に車ん中で泣きよった。
でもオイは泣かんかった。
兄ちゃん死んだって、分かるようで分からん。
もう会えん、もう会えんて、父ちゃんも母ちゃんも、じいちゃんも、
みんなして言うけん、なんかそげん気もするけど、本当はよう分からん。
よう分かっとらん。
だけん、泣く気のせん。
オイもしばらくはボーッとしとったけど、この坂を思い出した。
兄ちゃんが死んでから初めて、来た。
少年の自転車のハンドルが揺れた。
なんとかバランスは保ったが、スピードは遅く、今にも倒れそうだ。
両手に力を込めて、ハンドルを引き上げる。
危なかったぞ。
今んとは危なかったぞ。
せっかくここまで来た。
記録は伸ばしたけど、今日は一気に成功させる。
いつもあきらめとった場所はこえた。
今日はあきらめん。
上りきる。
兄ちゃんが、おる。
こっからじゃ見えん。
座っとるから。
空を見とる。
ニヤニヤして空を見とる。
ムカつくんじゃ。
あと少し。
あと五こぎで行ける。
四。
三。
二。
一。
てっぺん。
初めて上りきったぞ。
オイにもできるぞ、兄ちゃん。
兄ちゃん。
兄ちゃん。
おらん。
何でや。
座っとらん。
周りにも、おらん。
おらん。
何でや。
なんでおらん。
兄ちゃん。
なんでおらん、兄ちゃん。
少年は座った。
兄のまねをして、空を見た。
ニヤニヤしてみたが、うまくできなかった。
口が、への字に歪んだ。
少年の汗と涙は風に吹かれ、蒸発し、汗だけが乾ききった。
坂道と自転車ってのは、何だか懐かしい感じがしますね。
返信削除>キム兄さん
削除もう自転車なんて何年も乗ってないです。子ども時代の、あの坂道と戦うかのような自転車遊びは楽しかったですねぇ。