2012年6月6日

大沢樹生が死産した我が子の写真をブログに載せたことについて

元「光GENJI」メンバー大沢樹生が、自身のブログで死産した我が子への想いを綴り、その子の写真を掲載したことが物議を醸している。

まず俺自身の考えを最初に書いておく。彼の行動は非常に共感できるものであり、他人に非難されるような筋合いのものではない。例えば、考えたくもないが、もし今うちのサクラが死んだとしたら、遺体の損壊がない限り、きっと死に顔の写真を撮る。そして、今までネット上でたくさん「かわいい」と言ってくださった方々に対して、最後の親バカをするためブログに載せる。だから、大沢樹生のブログでの行為は凄く共感できるのだ。

ところが、彼が掲載した写真に対して「グロい」と発言する人がいる。今は写真は削除されているが、実際に見ても、ほとんどが包帯のようなもので隠されていて、見えている顔の部分に損傷があるわけでもなく、まったくグロテスクではなかった。「遺体だからグロテスク」ということなのだろうか。死は忌み事ではあるけれど、だからといって遺体まで忌み嫌われるというのも悲しい話だ。俺は医師であり、死というものが非常に身近なことなので、少々世間と感覚がズレているのかもしれないと思ったが、今年の1月に祖父が亡くなった時、俺たち孫はみんなで祖父の冷たい頭をなでたし、頬っぺたを触ったし、手を握った。決して遺体は忌み嫌われるようなものではないはずだ。

中には、「ネットという公の場で、人を不快にするようなものを載せるな」といった内容を口汚く書いている日記もあり、その人は自分の発言の矛盾に気づかないのだろうかと大きく首を傾げてしまった。「死体の写真を載せるのは不謹慎」とか、「死んだ子が晒し者で可哀そう」とか、そういうピンボケした意見もちらほらあった。大沢氏にしてみれば、最初で最後の親バカだ。生まれてきた時が、お別れの時であり、写真も動画も数日しか撮れず、人に見せられるのも今この時の写真しかないのだ。ブログの文面から伝わってくる彼の哀しみ、そして我が子への愛情。その文脈の中での、我が子の写真である。どこが不謹慎なのか、なにが可哀そうなのか。そもそも、不謹慎ということを問題にするならば、「遺体」ではなく「死体」という言葉を使うことが不謹慎だ。我々医師は、学生の時に「決して死体と言うな。敬意を払い、ご遺体と言うように」と厳しく教育される。我が子の死を悲しみ、悼み、それでも一生懸命に親バカしている人に対して水を差すことこそが非常に不謹慎で、そしてその子が可哀そうだ。

そもそも、彼のブログを毎日覗いているような人ならいざ知らず、この問題が話題になってから怖いもの見たさのような感覚でわざわざ見に行って、挙げ句に「グロい」とか「不謹慎」とか言うこと自体が失礼極まりない。

大沢氏と同じく少々歳をとってから父親になった身として、世間のトンチンカンな反応に対して黙ってはおれなかった。
「私の人生でこれ程までに辛く哀しい事はなかった…」 大沢樹生さん、ブログに死産した長女の写真掲載
2012/6/ 5 18:15

元「光GENJI」メンバーの俳優、大沢樹生さん(43)が妻、早耶香さんとの間にできた長女が死産していたことを明かした。ブログには出産までの壮絶な経緯とともに、娘の写真を掲載し、議論を呼んでいる。
大沢さんは2011年11月に不妊治療をしていることを公表。2012年1月に、早耶香さんが妊娠4週であることをブログで報告していた。

5月31日のブログによると、4月に胎内にいる長女に異常が見つかった。複数の病院で診察してもらったが、同じ結果だったという。当初の出産予定日は10月で、生まれてくる子に後遺症や障害があっても受け入れるつもりだった。
しかし、医師から妊娠の継続が難しいことを伝えられた。「直接その言葉はdoctorの立場上、発せられませんでしたが、こちらとしては察しました」。その後、長女と1日でも長くいるために人工出産がギリギリのできる6か月(21週)での出産を決断した。この日からのことを「43年間生きてきて私の人生でこれ程までに辛く哀しい事はなかった…」と振り返っている。
妻は5月下旬に入院し、数度の陣痛促進剤投与を経て24日午後、人工出産した。2人は長女に「莉々生(りりい)」と名付けていた。
「りりいは…死産でした。産まれては来てくれましたが…元気に産まれて来てはくれませんでした…」
妻が麻酔から覚めたころ、助産師が長女を連れてきてくれた。「りりいは天使のようで、帽子をかぶり両手を胸の上に握り組んでいてマリア様のようでした…」と綴っている。

そして、「不謹慎承知のうえ…お許し下さい こんなに可愛い莉々生を皆様に紹介したかった…」と、長女の写真を掲載した。
包帯のような白い布に包まれており、顔の右半分と右手が外に出ている。瞳は大きく開いたままで、まるで生きているようだ。「パパとママの顔をりりいもしっかりと見たかったんだね‥」と書いている。長女の側には一輪のバラの花が添えられていた。
ネット上の流産・死産体験記をみると、死産した子どもとの思い出のために、出産後落ち着いてから写真撮影することがあるというが、その写真を芸能人がブログに掲載するというのは異例だ。
コメント欄には大量の書き込みが寄せられた。「涙が止まりません。りりぃちゃん、とっても綺麗な顔してますね」といったものの一方で、「死産した子を載せるのはどうかと思います…。どう考えても不謹慎です。子供との写真は自分達だけの思い出として閉まっておいて下さい」といったものもあった。
ツイッターでも同様で「不謹慎かもしれない…でも、同じ妊婦だから、同じ時期に妊娠し、お腹の子の母親として今、生きてるから、大沢樹生さんのブログを拝見して、涙がとまらなくなった…」というもののほか「グロいとかは思わないけど、こういう写真を公開してしまうってのは、やっぱ死に直面して正常な判断が下せなくなってるんじゃないのかねというのは思う」と賛否両論寄せられている。
その後、6月5日までに写真は削除された。大沢さんは
「沢山の皆様に莉々生に会って戴き、莉々生に対し皆様から沢山可愛いとおっしゃって戴けた事…大変嬉しく思っております。ありがとうございます。莉々生も沢山の皆様と会い、少し疲れたと思いますので、一度写真を戻させて頂きます」
と書いている。
http://www.j-cast.com/2012/06/05134575.html?p=all

6 件のコメント:

  1. お気持ち・ご意見はすごいわかりますね。ブログに貼りつけた画像とかを他人に盗られないようにして欲しいですね。
    大事な人の顔は残して置きたい・みなさんに見て欲しいと思う方もいるでしょうから。

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    1. >JUNさん
      ご遺体の写真を集めるのが好きという人もいますもんね……。

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  2. はじめまして

    >大沢氏と同じく少々歳をとってから父親になった身として、

    の箇所ですが、大沢さんには前妻との間に息子さんがいます。莉々生ちゃんは大沢さんにとって初めてのお子さんではありません。
    既に承知のことかもしれませんが、事実確認ということでコメントさせて頂きました。

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    1. >匿名2013年6月7日 19:11さん
      そうなんですね、まったく知らなかったです。
      あの人、バツイチなのかぁ……。

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  3. 去る4月に死産したばかりです。「微光」というブログを書いています。
    「最初で最後の親バカ」という表現に、つかえていたものが取れた気がいたしました。ありがたく拝読しました。
    当り前のように子どもの写真ばかりがあふれるFBで、私も親バカになれるとずっと楽しみにしていたのに・・ そこで悲しい報告をしてからは、腫れものに触るどころか、避けられているのではとさえ感じる日々です。「掛ける言葉もない」知人ばかりで、励ます心意気のある人はたった三人でした。生きることはそんなに当り前で、死はそれに触れられないほど非常なことなのでしょうか。
    そんなはずはありません。私はこの悲しみとともに暮らし、元気な赤ちゃんを産むという目標に向かって強く生きたいと思います。

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    1. >匿名2013年6月13日 16:06さん
      お辛い体験をお話しくださりありがとうございます。
      自分も昨年1月に最愛の祖父を亡くし、人の生き死にについていろいろ考えることが増えました。職業柄、大切な人を失った人と接する機会も多いので、なおさら考えさせられます。
      『誕生死』という本はご存知でしょうか。もしかすると辛い記憶を刺激して読むことが辛くなる恐れもあるのですが、支えになるような部分もたくさんあるんじゃないだろうかと思います。
      http://psichiatra.blogspot.jp/2012/10/blog-post_29.html

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返事が遅くてすいません。