2012年1月16日

座敷わらしの正体

座敷わらしって、なんだろう?
「妖怪でしょ」
なんて言われそうだが、まぁ最後まで話を聞いてくれ。
いや、読んでくれ。

座敷わらしとは何か?
自分で書くのは面倒なので、ちょっと検索してみた。
座敷童子(ざしきわらし)
一般的には、赤面垂髪の5、6歳くらいの小童(童子のことも童女のこともある)で、豪家や旧家の奥座敷に居り、その存在が家の趨勢に関ると言われるため、これを手厚く取り扱い、毎日膳を供える家もある。座敷童子は悪戯好きで、夜になると客人のふとんの上にまたがったり枕を返したりするが、見たものは幸運が訪れるといわれる。 小さな足跡を灰やさらし粉の上に残し、夜中に糸車をまわす音を立てるともいわれ、奥座敷で御神楽のような音をたてて遊ぶことがある。その姿は家の者以外には見えず、また、子供には見えても、 大人には見えないとする説もある。狐持や犬神持に類似した構造を持つが、座敷童子の住んでいることを迷惑がらず、むしろ神として保護し、周囲の人間も座敷童子の居る家に対して、一種畏敬の念を持って接する点が、狐持や犬神持とは異なる。座敷童、ザシキワラシ、座敷童衆とも表記する。同様のものに「座敷ぼっこ」「蔵ぼっこ」「座敷小僧」などがある。

座敷わらしは子どもの姿をしている。
大人には見えないけれども子どもには見える。
その家の者にしか見えないとも言われる。
いたずら好き。
座敷わらしがいる家は裕福である。
奥座敷に住んでいる。
周囲の人間も座敷わらしの居る家に対して、一種畏敬の念を持って接する。
手厚く取り扱い、毎日膳を供える。

これらから考えついたことは、『座敷わらしが実在する人間、それも、ダウン症などなんらかの障害児だったのではないか』というものである。デリケートな問題を含むのは承知だが、一つの説として書くこととする。

なぜ、ダウン症児が座敷わらしの正体だと思うのか。まずは、俺が書いた『ダウン症児は親を選んで生まれてくる』という記事を読んでいただきたい。これを読むと分かるように、ダウン症児が生まれてくるには、良好な母体環境や周囲の愛情が必要なのだ。

江戸時代やもっと前の時代で考えてみよう。
今と比べて圧倒的に物のない時代。そういう時代では、母体の状態は家が裕福であればあるほど良いだろう。裕福な家とは、その時代のその地域ではそこそこの権力者だ。例えば庄屋とか地主とか。逆に貧乏な農家では、母体の状態がさほど良くなく、ダウン症児はおそらく胎内で自然流産してしまう。つまり、その時代にダウン症児が生まれてくるのは、圧倒的に裕福な家、富豪の家が多かったはずなのだ。

そんな家にダウン症児が生まれたとする。現代では、偏見もまだ残っているとはいえ、ダウン症の原因も分かっているし、ダウン症児に対する理解はかなり広まっていると思うが、江戸時代にはかなりの偏見があったと思う。偏見を持っていたのは、周囲の人たち、そして親。だから、彼らは生まれてきたダウン症児を人目につかない奥座敷で生活させたのではないだろうか。

ダウン症児の成長は児によって異なるが、概して一般の人より遅れる。いくつになっても無邪気な子どもの部分が残る。お客さんの布団にいたずらするのも頷ける。座敷わらしが子どもたちと遊ぶのは、子どもたちにはあまり偏見がないからじゃないだろうか。しかし、周囲の大人には偏見がある。農家の子どもたちはダウン症児が「見える」し、ダウン症児と「一緒に遊ぶ」こともできる。一方、農家の大人たちは、親(権力者)が奥座敷に住ませてまで隠そうとしている子の姿が「見えてはいけない」から、「見えない」。子どもから「あの子だよ」と指さして言われても、見えないふりをする。そして子どもたちに言うのだ。

「それは座敷わらしだよ」
「裕福な家にいるんだよ」
「大人には見えないんだよ」

しかし子どもは納得しない。
「でも、庄屋さんはあの子とお話してたよ」
そう言う子どもに対して、大人はこう説明する。

「座敷わらしはその家の人には見えるんだよ」


前述したように、ダウン症児は権力者の家に生まれるのだから、「周囲の人間も座敷わらしの居る家に対して、一種畏敬の念を持って接する」のも当たり前だ。手厚く取り扱い、毎日膳を供えるのは、座敷わらしが生きている人間、隠しているとはいえ自分たちの子どもだからだ。

見たものは幸運が訪れる。
これについてはどうだろうか?
理由は二つ考えた。

1.ダウン症児をテレビで見たことがある人なら分かると思うが、彼らは非常に素敵な笑顔を見せる。その笑顔を見て、非常に幸せな気持ちになれる。

2.座敷わらし(ダウン症児)は奥座敷に隠されている。来客がたまたまその姿を見てしまった場合、親が来客に口止め料として金品その他を提供した。

もちろん、俺は(1)の説の方が好きだが、これは江戸時代より前の話だから(2)の説もありうると思う。

座敷わらしがダウン症児だったのかどうかは確かめようがない。しかし、現代社会においてはダウン症児は富豪のもとではなく、素敵な親の元に生まれてくる。ダウン症児のお父さんやお母さんが創られているホームページやブログを見ると、「この子が生まれなかったら感じれなかっただろう幸せを感じる」というようなことを書いていらっしゃる方が多い。とすると現代社会においては、ダウン症児は幸せを運んでくる本物の座敷わらしなのかもしれない。

<関連>
ダウン症児は親を選んで生まれてくる
ある未来を選ぶことは、別の未来を捨てること

15 件のコメント:

  1. これは創造的な説ですね。
    面白い。

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  2. こちらで こういう内容を前に読んで 考えてみたら

    確かに 私の知る限り(リアル、NET上でも)
    素敵な親御さんが 多いです。

    選んで生まれてくるんだろうなあ・・・って思います。

    人間って ややこしや~~ややこしや、ですねw

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  3. やっと見つけました~!! 遅くなりました~
    (ゴメンナサイ・かつてユーチューブも開けなかった伝説のヒトです)

    前の記事の、イタリアがオランダに…の話は非常に良いと思いました。
    こんなふうに考えたら、前向きになれますよね。
    そう、確かにダウンちゃんのお母さん方は
    しっかりとした愛情深い方が多い気がします。

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  4. Ciao Willwayさん
    そうかもよーー
    だってね、イタリアではせむしの人のこぶを触ると幸せになれるという言い伝えがあって、いまだにお守りになってるくらい 苦笑
    ってことはね、こういうことではないかと、思ってた
    イタリア人も差別意識結構あるんですよ
    でも、非常に縁起を担ぐ
    そう言う人たちに、いやせむしの人のこぶを触ると幸せが来るんだよと言い触れれば、
    町でせむしの人に会った時に避けて通る代わりに、その人のこぶを触る人が増えないだろうか??と
    こぶを触るってことは、つまり背中をさする

    こういうところに、私はこう言うのを考えた人の智恵と暖かさを感じて嬉しくなったりする

    もちろん、私も座敷わらし見た人には幸運がってのには、迷わず1)ですけどね
    あの子らの笑顔を本当に素晴らしいのです

    ちなみに、でも家には座敷わらしならぬ、座敷おじい、おばあがいます 笑

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  5. 実際そういう説があるみたいです。東北地方だったと思いますが、昔、障害を持つ子供が産まれたら奥座敷で育てたり、河に流したりしていたらしく、そこから座敷童伝説、河童伝説が生まれたんじゃないかと。江戸の医療技術だと長く生きられなかった可能性もありますから、座敷童が子供のままだって事にも納得いきますよね。


    幸せになれる説は(1)で。
    というか、座敷童ちゃんの存在自体がお家にとって幸せそのものだったんでしょうね。

    現代でも子どもはみんなその家にとって幸せを運んできてくれる座敷童ちゃんなはずなのに。悲惨なニュースも多くて悲しいです。

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  6. ダウン症の子供を持つ親です。
    素敵なお話ですね。共感しました。
    座敷わらしってダウン症の子供じゃないのというふとした気持ちになり 調べた所ここに当たりました。
    子供が小学一年生、やっと言葉がつながってなんとか話せるようになった頃に 我が家恒例の? おまえは橋の下で拾った子供だと (内心おもしろがって 顔はまじめに)こちらはショックをうけた顔をすると思ってましたが 
    子供は あははと笑いました。(何うそ言ってるのお母さん みたいな感じで)
    「扉があって そこから お母さんが見えて お母さんがいいと思って来た」
    と言うではないですか。驚きました。まったくそんな答えが返ってくると思っていませんでしたから。
     残念ながら お金持ちにはなれていません(笑)
     それまで両親とは不仲でときには憎しみさえあった家族でした。 この子が来てからは家族は変わっていきました。 この子を囲んで大いに笑う日々です。
    この子が生まれてダウン症とわかった時 神様 返品!と どん底の気持ちになりましたが 今では なくてはならない我が家の大切な子供です。

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    1. >匿名2012年6月18日 21:35さん
      >「扉があって そこから お母さんが見えて お母さんがいいと思って来た」
      このお話はあまりに驚きで、そしてとっても素敵ですね。そういう答えは、誰に教わるものでもないだろうし、考えつくわけでもないだろうから、きっと本当にそうなんでしょうね。
      そう考えると、我が家の娘がなおのこと愛しくなってきました!!
      お互い、家族を大切にしていきましょうね。

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    2. ありがとうございます!
      今では子供は小学6年です。
      その当時 小1の連絡帳に この件を書いたところ先生よりのお返事がありました。
      先生の娘さんも幼い日に
       「誰かに、今行きなさい!!って言われて飛んだら お母さんの所だった♪」
      とよく話してくれたそうです。
       不思議な事です。

      久しぶりに 拾ってきた子供説を(また子供の口から聞きたくて)しつこく聞いたら
      うそばっかり~!と笑って その後
      そんな事は言ったらいかんよ!と注意されました・・・。
      以前言ったくれた事は 忘れてしまったようです。残念。

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    3. >匿名2012年6月19日 15:18さん
      その「扉があって そこから お母さんが見えて お母さんがいいと思って来た」というエピソード、ブログやツイッターでの題材にしても良いでしょうか? なんだか凄く神秘的で、それでいて真実味があっていい話なもので。

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    4. どうぞどうぞ、お使いください。
      あの時は ただただ驚いて呆然としてましたから もっと色々聞いてみたらよかったです。
       子供の話を聞いた後 不思議で でもじーんときてうれしかったですね。
      私は うた と申します。
      プロフィール選択すらよくわからず 匿名にしておりました。失礼しました。

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    5. >うたさん
      さっそく使わせていただきました。 https://twitter.com/Willway_ER/status/215700240798457856

      ほんと、不思議ですねぇ。

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  7. 座敷童は実在する神仏だ

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    1. >匿名2013年5月13日 23:35さん
      座敷わらしがいるという旅館、火事になっちゃいましたよね……。

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  8. こんばんは。
    僕も座敷わらしは知的障害者ではないかと思っているんです。

    しかし、それは実理的な面も大きかったのではないでしょうか

    ダウン症に限らず、知的障害は飽きることがないので、農家の労働力に最適だったと思います。
    今、知的障害者を農業に活用しようとする動きがありますが、知的障害という概念すらない時代には結構な労働力だったと思います。

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    1. >有沢翔治さん
      なるほど、働き者だったかもしれませんね。単純労働にも熱心に取り組む人が多いですし。逆に、まったく仕事できない、する気がない人もいますが、それはまぁ健常者でも同じですね(笑)

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返事が遅くてすいません。