2018年5月22日

ちょっと中途半端な本 『アルコール依存症は治らない “治らない”の意味 』

旅人が老人に尋ねた。
「隣村までは歩いてどれくらいかかりますか?」
老人は、
「歩きなさい」
と答えた。
「いやいや、わたしが知りたいのは、隣村までどれくらい時間がかかるかなんですよ」
そう言う旅人に、老人は諭した。
「まず歩いてみなさい。その歩きかたを見なければ、何時間かかるか判断できないではないか」


本書にある寓話を少し改変したもので、精神科医療にとって有意義な示唆に富む物語である。診察室で、患者や家族に生活上の提案をしたら、
「それをやって、どれくらいで治りますか?」
と尋ねられることがある。まず実行できるかどうか、そしてどれくらいのペースでやれるか、そういったことは人によって異なる。だから、やってみないことには「どれくらい」なんて予測もつかない。実際には、やってみても予測がつかないことは多々あるけれど……。

さて、本書はソーシャルワーカーの吉岡隆が、精神科医なだいなだに個人指導を依頼したことから話が始まる。指導はメールのやりとりで行なわれ、なだいなだのピシピシと厳しくも小気味良い弁舌が読んでいて気持ち良かった。

ところが、読み始めは「なかなか良い本だ」と思ったのに、そのやりとりは80ページほどで終わってしまった。そして、そこから70ページほどは吉岡隆が自身の「性依存症」について語り、また、依存症を抱える人たちとの仕事での関わりを振り返るような内容だった。240ページ弱ある本のうち、3分の1である。率直に言って興味のもてるものではなかったので、かなり読み飛ばした。

最後はなだいなだによる「常識を治療する」と題された章だが、彼の本を何冊か読んだことのある者にとっては、ただの「繰り返し」に過ぎない。敢えて精読する必要性を感じなかった。

2018年5月21日

症状と自然治癒力 神田橋先生の『精神科講義』より

身体の症状というのは、多くは「自然治癒」あるいは「自己防御」の一つである。

たとえば怪我したり骨を折ったりすると痛い、だからその部分はあまり使わず、全身でかばうような動きになる。そうすることで、そこに外的刺激が加わらずに傷の治りが早くなる。「怪我したから痛い」というより、怪我した場所を使わせないために痛い。痛くなかったら、怪我した場所に気づかずに動かしたり汚したりして治りが悪くなる。

発熱は、体温を普段より高めることで体内の免疫を高めて外敵に対抗する(体温と免疫は関係ないという話もあるが)。下痢や嘔吐も、外敵や異物を早めに排除する機構だ。「倦怠感」は病気の結果に見えるが、「動かないようにして体を休ませるため」とも考えられる。「食欲低下」も、「エサを求めてウロウロする必要がなくなり、ただ休むことのみに集中できる」という機能があるとも言われている。

精神症状も似たようなところがあるはずだ。徹夜してナチュラルハイになった経験のある人は多いと思う。うつ病のときの不眠も、憂うつに対抗するためのナチュラルハイを「体が求めて創り出している」という部分があるのかもしれない。「朝がだるくて夕方が元気」という典型的な日内変動も、多くの精神・身体的な活動を要求される日中に療養させるという説明が一応成り立つ。これはもう完全に空想でしかないけれど、そういうようなことが多少はある気がする。

さて、神田橋先生が似たようなことを書いていたので抜粋・引用する。
悪い作用に対して、自然治癒力は反応という形で抵抗する。出てきている状態象というものはこの反応だから、悪い力とそれに抵抗している自然治癒力とのカクテル。
たとえば子どもが独立した。あるいは夫婦別れした。そして独りぼっちになって、寂しくなって、酒を飲んで、アル中になっちゃった。その経過をこういうふうに考えるの。
独りぼっちになった、寂しい。その寂しいのを治療するために、薬として酒を飲む。「寂しい」と、ずっと寝とってもいいけれども、酒でも飲んで、仕事も行って、「何とか酒の力を借りてやっていこう」ということにした。その結果、アル中になっちゃった。
アル中になって人にからむ。からむのは、酒を飲んでもなお癒されない寂しさから、人との関係の中にもう一度戻ろうとしていると考えれば、これもまた一つの自然治癒力で、“人にからむ”という自然治癒力の働きがそこにあるんじゃないか。寂しさを、なんとか癒していこうとする本人の無意識の工夫があるんじゃないか。
以前に紹介した『人はなぜ依存症になるのか』にも通じる言葉である。

2018年5月19日

質問の工夫 神田橋先生の『精神科講義』より

神田橋先生の『精神科講義』に、質問をする時の工夫についての話がある。その中でも一番面白くて、もの凄く腑に落ちる感じがしたのが、四文字熟語とカタカナ言葉について。
こういう言葉は、分かってないことを分かったみたいにまとめてしまうために使われているからね。
多くの場合、こちらが「えっ?」と思うくらいに、こっちの考えていることと違うことを言います。
「夫婦関係は大事にしています」
とまぁ、ある人が言う。
「そう、あなたは夫婦関係を大事にしているの。で、どんな風に大事にしているのかちょっと教えて?」
「残業のときは、寿司を買って帰るようにしています」
「で、いつも寿司?」
「はい、いつも寿司です」
「あなた、それじゃ夫婦関係を大事にされとるというふうに、相手の人は思わんじゃろう」
というような、そういうふうにびっくりするようなことがあります。
「この人は夫婦の間がズレているんだな。本人は寿司を買っていくということで調整している気になっているけど、何にも調整されていない。夫婦関係を大事にしとるどころか夫婦関係をむちゃくちゃにしてるんだなぁ」
ということが分かって、その人の話がよく分かってくる。そして、そうやっているその人の哀しさが伝わってきて、ジーンとしたりする。共感だ。

2018年5月18日

若い人たちにこそ読んでみて欲しい、ノンフィクションとリーダーシップ論を混ぜ合わせたような本 『宰相のインテリジェンス』


ノンフィクションとリーダーシップ論を混ぜ合わせたような本。

2001年9月11日に米国同時多発テロ、2011年3月11日の東日本大震災。それぞれの前後に発揮された、あるいはからっきしダメだったリーダーシップについて、ちょっとした裏話もまじえて論じてあった。

特に東日本大震災時の菅総理の行動について書かれている部分で印象的だったのが、
(リーダーは)些細な実務や小さな決定に手を出してはならない。国家の命運を左右する局面ではおのが決断に持てる全てを傾けて、しかる後に結果責任を淡々と担ってみせる――危機の指導者の取るべき鉄則から最も遠くにいたのが、我がニッポンの指導者だった。
民主党政権時代の鳩山総理や菅総理を、著者の政治的スタンスによってボロクソにけなしているような内容ではなく、どれも読んで納得のいくものばかりだった。

20歳前後の人に、ぜひとも読んでみて欲しい本。

2018年5月16日

酒を飲まないための小さな知恵を集めた本 『どうやって飲まないでいるか』


断酒して7ヶ月になる。これまでの俺を知っている人たちからは「意志が強い」という評価を受けることもあるが、その都度、
「本当に意志が強い人は適量でやめられる。意志が弱いから、そもそも飲まないという選択をしているだけなのだ」
と訂正している。

こう書いてみて、これはAA(アルコホーリクス・アノニマス)12のステップで真っ先に書いてあることと似ているなと思った。
私たちはアルコールに対し無力であり、思い通りに生きていけなくなっていたことを認めた。
別にこれを意識しているわけではないが、仕事関係で過去に読んだこの文章が頭のどこかに残っていたのかもしれない。

断酒は大変か、というと、幸いにしてそうでもない。淡々とやめている、というのが実情だ。多くのアルコール依存症患者をみてきた身としては、その点とてもラッキーだったと思う。

ありがたいのは、これまでの飲み仲間も変わらず「飲み会」に誘ってくれつつ、そこで「飲まない」ことを受け容れてくれていること。禁煙や断酒をした人にしつこく再開を勧める人もいると聞いたことがあったので、自分の周りにそういう人がいないことに安堵した。

本書は「酒を飲まないための知恵」を集めたものである。酒を飲みたくなったら甘いものを食べるとか、食事会で酒を勧められたときの断りかたとか、そういう具体的な話が多い。どれもとても平易な言葉で書かれているので、アルコール問題を抱えていて、かつ断酒の意思のある多くの人に勧められる。

注意しないといけないのは、断酒の意思がない人に無理に読ませてもまったく意味のない本で、そういう人に家族が「これ読みなさい!」と渡すのは百害あって一利なしということ。あくまでも「どうやって飲まないでいるか」であって、「どうやって飲ませないか」ではないのだ。