2017年5月30日

エボラウイルスによる災厄を彷彿とさせる医学系パニック小説 『キャリアーズ』


わりと分厚い二冊組だったが、途中で飽きることもなく読み終えた。エボラウイルスによる災厄を思い出すような内容で、作者の想像力と現実とがうまい具合にミックスされていた。

この作者パトリック・リンチ、実は一人ではなく、イギリス人の二人組らしい。ともに医学ジャーナリストで、イギリスやアメリカの製薬会社でウイルス研究にも従事したことがある、ということが分かっているが、それ以上のことは不明のような。謎の作家、というところか。

海外のこのての小説にありがちな「文章での視点移動」が多いため、その点についてはちょっと面倒くさいのだが、なかなかにスリリングで面白い小説だった。

2017年5月29日

時代に左右されない素晴らしい内容 『コード・ブルー 外科研修医救急コール』


非常に質の高い内容でありながら、とても分かりやすい平易な表現で、しかもまったく飽きさせない構成。著者ガワンデ先生の外科医としての腕は知らないが、ライターとしては超一流である。

ガワンデ先生の他にも、オリヴァー・サックス先生、ハロルド・クローアンズ先生、ジェローム・グループマン先生らによる医学ノンフィクションの名著がある。医学生のモチベーションが高まること間違いなしだが、いずれも学生にとってはけっこう高価(あるいは絶版)。だから、こういう素晴らしい本は医学部の図書館に置くべきだ。きっと大学全体の士気が高まるだろう。

どんな感じか、まえがきの1ページだけ紹介。
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2017年5月26日

アルコール依存症から家族依存症へ、そして肥満とダイエットの話

独身時代、特に結婚直前には、一日の総摂取カロリーの半分以上がアルコールからだったことを思えば、現在の「平日はほとんど飲まない、土日も時々しか飲まない」という生活は驚天ものだ。

酔っ払うと子守りはキツくなるし、洗い物もダルくなる。育児や家事への責任感が、俺を酒の泥沼から救い出してくれた。

だから、万が一、想定外の不幸から家族をなくせば、確実にアルコールに走るだろうし、抜けられないとも思う。少し前は、一人静かに酒と本を楽しめる出張が嬉しかったが、最近は家族と離れるのがイヤになってきた。

結局これは、依存対象が酒から家族になっただけなのかもしれない。そしてこれが、極端なかたちでの「家族依存症」にならないのは、アルコールに対しても「依存もどき」のごとく中途半端だったことの延長かもしれない。

身を持ち崩すのにも、才能と勇気がいるのだと思う。その良し悪しは別にして。

酒の話から思い出したが、肥満もアルコール依存と似たところがある。一年前、ジョギングを始めて半年くらいやたら走っていたが、ある程度以下には体脂肪が減らず痩せなかった。走らなくなってから半年、今度はわりと自堕落に生活したが、ある程度以上は太らなかった。

太るのにも才能がいるし、逆に太る才能のある人ほどダイエットは効果があるのではなかろうか。アルコールで身を持ち崩す人のほうが、断酒から得られるものが大きいのと同じように。

太るのにある程度の素質・才能が必要だとすると、肥満を克服した人(つまり才能のある人)が勧めるダイエット法は、太る才能のない人にとっては無効か、時には害のほうが大きいかもしれない。

2017年5月25日

残酷な描写が苦手な人は読むべからず 『殺しすぎた人々 性的サディズムからカルトまで』


本書では、連続殺人と大量殺人を分けてあり、前半が連続殺人鬼、後半が大量殺人を扱っている。この二つはどう違うかというと、連続殺人が年月をかけて殺していくのに対して、大量殺人は一日、時には数十分で何十人という殺人を犯す。ちなみに、「多重殺人」はこの両方をさす。一瞬のインパクトは大量殺人のほうが大きいが、連続殺人では犯人が逮捕されるまでの社会不安が大きい。また、大量殺人に対しては怒りがこみ上げるのに対して、連続殺人鬼では逮捕された後に明かされる不気味で異常な行動に気分が悪くなる。

本書を読んで、アメリカは多重殺人がこんなにも多いのかと驚く。個々のケースはある程度要点が絞られており、殺害の様子が細部まで緻密に描かれるわけではないのだが、それでも思わず顔をしかめたり、小休止して脳と心を冷却させたりしなければいけないところが多々あった。

アメリカ版「新潮45犯罪シリーズ」といったところだが、新潮45に比べると、特に後半の大量殺人に関して、いくぶん社会分析くさくなるのが目障りだった。

「多重殺人は、通常は精神の病気のせいではない。精神病による幻覚妄想で殺人を犯そうとする者もいることは確かだが、遂行能力が低下していて多重殺人には到りにくい」という著者の意見には賛成だ。また、社会や境遇が原因で多重殺人を犯すなんてのは論外だ。

そして、著者はこう語る。
生物学的、心理学的、社会学的、経済学的困難を負っているにしても、多重殺人者はふつう、どう行動するか、どう行動しないかを自分で決定する能力がある。
読んで気持ちの良いものではないので、万人にお勧めできる本ではない。

2017年5月24日

優しいだけでは精神科医は務まらない。しかし、優しさがなければ精神科医として良い仕事はできない。精神科医・中沢正夫のこころあたたまる臨床エッセイ集 『こころの医者のフィールド・ノート』

優しいだけでは精神科医は務まらない。しかし、優しさがなければ精神科医として良い仕事はできない。


著者である精神科医・中沢正夫の眼差しはあたたかく、とても優しい。内容は最初から最後まで、専門家でなくても充分に理解可能なものである。印象深いエピソードもたくさんあった。絶版であるため、愛蔵書として大切に保管しておく。

ところで、わりと古い本なので、精神病患者をさして「キチガイ」という言葉が何度も出てくる。文章全体からあたたかくて優しい人柄がにじみ出てくる中沢医師にあってさえ、病者を「キチガイ」と表現するような時代があったのだと、妙なところで唸ってしまった。

なお、精神病者をさして「キチガイ」という言葉を用いるのには大反対だが、この「キチガイ」という言葉そのものをタブー視するのもイヤで、俺はむしろ好きな言葉でさえある。「キチガイ」としか表現しようのない非精神病者(特に殺人犯)を呼ぶのに、これ以上にしっくりくる言葉もないからだ。

本書にあった特に印象深いエピソードについてのツイッター反応は、@CookDrakeさんがまとめてくださっており、大反響を呼んでいる。ぜひ参考にどうぞ。
お忍びで精神病棟に入院した医学生が見たものは…そして彼の選んだ道は?「怖い」「身につまされる」絶版本のツイートに反応多数

ところで、バッハは半ば忘れられた存在になっていたところ、メンデルスゾーンによって「再発見」されて今くらい知られるようになった、という話がある。同じように、中沢先生の本の多くが絶版になっているが、これを機に再発見・再評価され再版なんてことになれば、俺がこうして紹介した意義は大きいだろう。

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